近年の魅力的なブックデザインを持つ本を挙げてくれたのは、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)の藤枝大さん。編集者として本を作り、本屋〈本のあるところ ajiro〉の設立・運営に携わっている。つまり、作り手・売り手の視点からセレクトされた本たちだ。はじめに編集者の立場から、ブックデザインの肝を語ってもらった。
先日『メアリ・シェリー』という本を読んだんです。『フランケンシュタイン』を書いた作家の伝記ですね。本書にあるメアリ・シェリーの言葉に、ブックデザインに通じる金言を見つけました。いわく「彼女の魂の偉大さを思うと、(中略)その魂から極力退化しないようにしなければならないという気持ちを新たにします」。
“彼女”とは、シェリーの母でフェミニズムの先駆者と呼ばれるメアリ・ウルストンクラフト。シェリーを生んですぐに亡くなるのですが、著書を含め多くの本を残しました。その母の思想から「極力退化しないように」と語ったんですね。ブックデザインも同じ。シェリーの言葉を借りれば「本の魂が極力退化しないようにしなければならない」と思うんです。それは今買ってもらうためにも、後世の読者に発掘してもらうためにも欠かせません。
具体的に、本作りは企画から始まります。著者とどんなゴールを目指せばいい本になるかを考える。ほとんど直感です。一方で、どんなジャンルの本になるかはシビアに捉えておきます。一度枠に収まっておくんです。完成が近づくにつれて、その本にとって尊重すべきことはなにか?を意識するようになります。簡単な例を挙げると、「動」と「静」のどちらにより近いだろうか?といったように。
そして、デザイナーに依頼する。もちろん本のイメージに近い人にオファーをします。例えば、歌集『ブンバップ』は森敬太さんにデザインをお願いしました。本書が持つ動的な運動を表現するなら、装丁にグルーヴ感を与えてくれる森さんが適任だと考えたんです。どの打ち合わせでも、まずは僕が考えるその本の魂をダーッとしゃべります。5分もしたら、大抵のデザイナーは話を引き取ってくれますね(笑)。
大切な部分を共有したら、あとは委ねます。『ブンバップ』の表紙は車のイラストですが、希望したり指示したりしたものではありません。結果、ジャンルの枠を離れ、遠くとも届くべき人に届く本になれば、優れたブックデザインだと言えるでしょう。
今回選んだのは近年発売したものの中から、それぞれの書籍の魅力を独自の感性で表現した4人のデザイナーによる本です。カバー絵や題字の仕上げ、造本まで、細部に詰まった創意工夫に目を向けてもらいたいです。
近くで見るか、遠くで見るか。その距離が示す2冊のつながり
デザイナー・須山悠里

批評・エッセイ集。Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』、滝口悠生の小説『長い一日』、リー・キットの個展『僕らはもっと繊細だった。』などにまつわる約30編を収録。2024年11月発売。河出書房新社/2,750円。
(右)『非美学』福尾匠/著
20世紀を代表する、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズらの芸術論をヒントに、「批評の条件についての哲学的思考」=非美学を提示する。博士論文を約3年かけてリライトした。2024年6月発売。河出書房新社/2,970円。
「2024年、このブックデザインに痺(しび)れた!」と藤枝さんが挙げたのがこの2冊。どちらも哲学者、批評家の福尾匠さんの著書だ。表紙に映るのは実は同じ作品で、クロースアップしたのが『非美学』、全体を映したのが『ひとごと』。そのカバーについて、デザインを手がけた須山悠里さんはこう話す。
「表紙には、福尾さんの提案で本山ゆかりさんの《Ghost in the Cloth(コスモス)》を使用しています。ステッチで描かれる図像は、色の境界を横断し、どこから眺めるかで見えてくるものが異なる。その距離が生む差異は、この2冊の在り方と共鳴すると思いました。同時期に執筆され、深く関係し合っているので、『非美学』には作品の一部を、『ひとごと』には全体を載せることに。
両方同時に眺めたときに、同じモチーフの別の見え方を感じられることが重要だと思ったんです。当初から2冊作ること、判型は同じであること、また発売時期がずれることが決まっていました。同時刊行だったら違う形になっていたかもしれません。既刊、近刊、宣伝、刊行記念イベントまで、本だけではなく活動すべてをつなげて考える福尾さんの姿勢に重なるものになったと感じています」(須山)
小さく軽く、光も考慮したフォーマット
アートディレクター・森敬太

2023年にスタートしたU-NEXTの書籍レーベル。約100分で楽しめる中編小説を刊行している。津村記久子『うどん陣営の受難』、高山羽根子『ドライブイン・真夜中』、高瀬隼子『め生える』など7作が各990円で発売中。
U-NEXTの書籍レーベル〈100 min. NOVELLA〉のフォーマットと装丁を手がけるのは森敬太さん。藤枝さんが言う「グルーヴ感」は表紙のみならず造本にも宿っている。
「約100分で読める中編小説のレーベルということで、映画を観るくらいの気軽さで手に取ってもらえたらいいですねと編集者と話しました。例えば、販売価格は990円にすること。また、持ち歩いて電車などで読みやすいものを目指しました。
判型は片手でも開きやすい小B6判というサイズに、紙はアドニスラフという軽くてざらつきがあり、照り返しを抑えてくれるものに。各本は熟読し、内容をビジュアル化することを意識しています。写真やイラストが一作品として映るよう、表1にはタイトルや著者名は載せていないんです」(森)

今の社会にコミットするデザインを
エディトリアルデザイナー・宮越里子

編者をはじめとする二十余名が、小林秀雄、福田恆存ら日本の批評家について執筆した論考を集成。座談会、ブックリストなどを付した、この時代の批評のガイドブック。人文書院/2,750円。
(右)『布団の中から蜂起せよ』高島鈴/著
あらゆる権力と差別に反対する、アナーカ・フェミニストによるエッセイ集。大正時代のアナキスト金子文子らの言葉を引きつつ、家父長制、資本主義、天皇制などについて綴る。人文書院/2,200円。
雑誌の世界で研鑽を積んできた宮越里子さん。その感性は「今への独自の視座がある」という藤枝さんの話に通ずる。
「近年のフェミニズムの本には、明るく柔らかなデザインのものが多い。その点、『布団の中から蜂起せよ』はフェミニズムでありアナキズムの本。著者の高島鈴さんの明確な意図もあり、“強さ”を意識しました。『批評の歩き方』は雑誌『TRANSIT』のような楽しい冒険の書にしたいという話で。カバーには批評における近代的なモチーフと目指すべき目的地を象徴的に盛り込みました。
批評の革命を志す熱意が表れた“良い中二病の表紙”と呼んでいます(笑)。両者とも社会に伝えるべき思想だし、デザインも参加すべき。そのスタンスが“今への視座”につながっているのかもしれません」(宮越)

帯、カバー、その内側までもが、本の魅力を静かに語る
グラフィックデザイナー・脇田あすか

1963年に発表された自伝的長編小説が新訳復刊。優秀な大学生エスター・グリーンウッドのニューヨークでの日々を描く。24年の夏にスタートした海外文学選書シリーズ「I am I am I am」第1弾作品。晶文社/2,750円。
「脇田あすかさんのデザインは、ドライではないけれどベタベタと近づきすぎない、現代的かつ繊細な印象があります。『ベル・ジャー』は見た目だけでなく物体としての本の柔らかさも内容にぴったりくるものでした」と藤枝さん。それは、脇田さん自身にとっての大切なポイントとも通じていた。
「物体としての作りは本当に気持ちよい仕上がりになった!と思っているんです。嵩高(かさだか)の本文用紙のおかげで厚さの割には重量を感じさせず、カバーを薄めの紙にしたことで心地よくしなってくれる。片手でも無理なく読めるほどになりました。海外文学は読者が比較的定まっているジャンルですが、より広く手に取られ、読んでもらうために軽やかさは譲れないポイントでもありました。
表周りも同じく、帯は見やすくわかりやすく、カバーは小説の世界観を感じさせる絵を全面に置き、店頭で本の内容を広く丁寧に伝えることを意識したデザインです。逆にカバーを取った本体表紙には、もっと感覚的な、作品のイメージから喚起されたビジュアルを。初見のときだけでなく読むときも、そして読んだあとにも、手に取ってくれた人と本をつなぐためのブックデザインなんです」(脇田)
藤枝大が考える、良いブックデザインのための3ヵ条
・その本の世界をいかに広げるかを考える。
・ジャンルごとの最低限のルールを押さえる。
・デザイナーの感性を信頼する。