語る人:長谷川小二郎(編集者、記者、英日翻訳者)
Q4:ビールの歴史をざっくり教えて!
初めてビールが誕生したのは新石器時代、麦から作られたパンが雨に濡れ、偶然発酵したからだといわれています。ビール醸造の記録が文字として残っているのは紀元前3000年頃、メソポタミア文明から。ビールの歴史は5,000年というのが通説になっています。
その後、現代のビールの姿につながる変化としては、カール大帝によるビール醸造の奨励や、グルートと呼ばれる混合薬草に代わるホップの使用、バイエルン公国でのビール純粋令、ピルスナーの誕生などがあります。現在のアメリカのクラフトビールにつながる出来事は、1933年に禁酒法の廃止でビール醸造が再び可能になったこと。2022年の統計ではクラフトブルワリー数9,500以上、21年の統計では金額シェア26.8%にも上りました。
現在のビールへのざっくりした流れ
1842年:チェコ西部のプルゼニュでピルスナー誕生。現在世界中でビールと言って思い浮かべられる「金色透明で泡立ち豊かな液体」の始まり。
1869年:横浜山手46番地に日本初のビール醸造所、ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー設立。
1870年:横浜山手123番地にスプリングバレー・ブルワリーが設立。日本で初めて商業的な成功を収めた醸造所に。
1873年:コロラド州ゴールデンにクアーズ社設立。
1876年:ミズーリ州セントルイスでアンハイザー・ブッシュ社が「バドワイザー」の生産を開始。/政府の開拓使が北海道・札幌にサッポロビールの礎となる開拓使麦酒醸造所を設立。
1877年:北海道初の「札幌ビール」、東京で発売。
1885年:スプリングバレー・ブルワリーの跡地に、キリンビールの前身であるジャパン・ブルワリー・カンパニーが設立。
1887年:前年に開拓使麦酒醸造所から民営化した大倉組札幌麦酒醸造場が、札幌麦酒会社となる。
1888年:ジャパン・ブルワリー・カンパニーで「キリンビール」が製造、全国発売される。
1890年:日本麦酒醸造会社、前年に竣工した醸造場で「惠比壽ビール」を製造、発売。
1892年:ウィリアム・ペインターが王冠栓を発明。/大阪麦酒会社が、「アサヒビール」を製造、発売。
1894年:マイケル・オーエンスが自動製瓶機を発明、瓶ビールの発展に貢献。
1896年:カリフォルニア州サンフランシスコでアンカー・ブルーイング・カンパニー設立。
1899年:東京・銀座に〈恵比寿ビヤホール〉(現サッポロライオン)オープン。
1906年:札幌麦酒、日本麦酒、大阪麦酒が合併して大日本麦酒株式会社が誕生。
1907年:ジャパン・ブルワリー・カンパニーの事業を引き継ぎ、麒麟麦酒株式会社(現キリンビール)創立。
1920年:禁酒法が施行、ビール会社が激減。
1933年:禁酒法が廃止。小規模を含む醸造が再び可能に。
1935年:クルーガー・ビールが世界で初めてスチール製缶ビールを発売。
1949年:大日本麦酒、財閥解体の流れを受け朝日麦酒(現アサヒビール)と日本麦酒(現サッポロビール)に分割。
1958年:日本初の缶ビール「アサヒゴールド」発売。
1959年:クアーズ社、アメリカ国内で初めてアルミ缶によるビール販売を開始。/沖縄でオリオンビール発売。
1963年:洋酒メーカー壽屋がサントリーに社名変更。「サントリービール」発売。
1965年:フリッツ・メイタグが倒産しかけていたアンカー・ブルーイングに出資(後に完全買収)、複数のスタイルを展開するなどして評判となる。後に、「小規模」「独立」「米国発祥のスタイルの保護」の観点から、クラフトビール運動の始まりと目されるようになる。
1967年:サントリービール〈純生〉発売。生ビール台頭の先駆けに。
1973年:ミラー社、ライトビアの先駆け「ミラー・ライト」発売。
1978年:カーター政権下で、自家醸造が連邦法で合法に。/アメリカの「バドワイザー」日本で発売。
1980年:カリフォルニア州でシエラネヴァダ・ブルーイング・カンパニー設立。米国産ホップを効かせたIPA、ペールエールは、後に続く多くのブルワーの手本となった。
1982年:ワシントン州ヤキマのヤキマ・ブルーイングがアメリカ国内初のブルーパブを開設。
1985年:ボストン・ビール「サミュエル・アダムズ・ボストン・ラガー」発売。
1986年:〈ブラッセルズ〉東京・神保町に創業。
1987年:アサヒビール「スーパードライ」発売、大ヒット。ドライビールブームに。
1988年:ニューヨーク州ブルックリンでブルックリン・ブルワリー設立。
1990年:キリンビール「キリン一番搾り生ビール」発売。
1994年:ロシアンリバー・ブルーイング・カンパニーの創立者が初のダブルIPAを生産。/酒税法改正。ビール製造免許取得のための最低製造量が2000klから60klに引き下げ。地ビールブームにつながる。/サントリー、発泡酒「ホップス」発売。各社が発泡酒市場へ。
1995年:コロラド州デンヴァーにブルームーン・ブルーイング・カンパニー設立。/新潟県の上原酒造が、全国初の地ビール「エチゴビール」を発売。
1996年:カリフォルニア州サンディエゴにストーン・ブルーイング設立。/ワールドビアカップ初開催。/長野でヤッホーブルーイング、埼玉でコエドブルワリー、大阪で箕面(みのお)ビール、茨城で常陸野(ひたち)ネストビールなどが始まる。
1997年:ウイスキー、ビール評論家マイケル・ジャクソンの著作『THE NEW WORLD GUIDE TO BEER』出版。米国クラフトビールが広く知られるきっかけになる。
2002年:カリフォルニア州サンディエゴにグリーン・フラッシュ・ブルーイング・カンパニー設立。その名も「ウェストコーストIPA」を発売し、西海岸様式のIPAの原点に。
2006年:デンマーク、コペンハーゲンでミッケラー設立。
2007年:スコットランド、フレイザーバラでブリュードッグ設立。
2010年:スウェーデン、ストックホルムでオムニポロ設立。
2014年:〈ブリュードッグ六本木〉オープン。
2015年:〈ミッケラートウキョウ〉渋谷にオープン。
2017年:サッポロホールディングスがアンカー・ブルーイングのビール部門を買収。
2020年:キリンホールディングス、ニュー・ベルジャン・ブルーイングを買収。
2022年:サッポロビールの子会社、Sapporo U.S.A. ,Inc.がストーン・ブルーイングを買収。
Q5:クラフトビール周りのカタカナ言葉、よくわかりません。どういう意味?
ブルワリー=醸造所、ブルワー=醸造家くらいはわかっても、ビールの説明で何を表しているかわからないということ、ありますよね。私も職業柄、特に味わいの表現に関しては日々頭を悩ませています。
翻訳の際、日本語の複数の単語をまたいだ意味を持つものや、日本語に置き換えることでかえって意味がわかりづらくなるものは、訳さずにカタカナのまま採用することも。ここでは、頻出用語の訳語例を挙げてみました。
ビール周りの用語集
【アロマ】上立ち香(鼻に近づけたときにする香り)。
【エイジング】年月をかけて熟成させる。
【オン・タップ】ある銘柄の樽がサーバーに繋がっていて、提供可能な状態にあること。
【クラウラー】タップのビールを持ち帰るための缶。
【グラウラー】タップのビールを持ち帰るための水筒容器。
【ケグ】樽。
【コラボレーション】2つ以上のブルワリーがレシピを共有するなど協働すること。
【タップ、ビア・フォー・セット】樽のビールが最終的に出てくる部分。蛇口。カラン。
【タップ・テイク・オーバー】すべてのタップを同一ブルワリーが占有すること。
【タップルーム】醸造所付属または直営のバー。
【テクスチャー、マウスフィール】口当たり、舌触り。
【バレルエイジド】木樽に寝かせて長期熟成をかけた。
【ビアギーク】熱烈なビール愛好家、ビールはかせ。
【ビア・フライト】飲み比べ用の試飲セット。
【ファントム・ブルワー】自前ではなくよその醸造所で醸造するブルワー、企業。
【ブルーパブ】料理も提供する醸造所併設のパブ。
【フレーバー】味わい(口に含んでから感じる味覚と嗅覚)。
ビールを表す形容詞
【アーシー】土っぽい。
【イースティー】酵母がもたらすパン様や、野菜や卵様の硫黄系の香りがする。
【グラッシー】ホップ由来の青っぽい香りがする。
【クリーン】雑味がない。
【ジューシー】果物の汁気を想起させる。
【タート】鋭い酸味のある。
【ダンク】甘味を伴い、松やにのような香りがする。
【トースティー】トーストっぽい香りがする、香ばしい。
【ドライ】甘味がない、さっぱり、すっきりした。
【ドリンカブル】(おいしくて)杯が進む。
【パイニー】松の木のような香りがする。
【ファンキー】馬小屋や畑の土など、一風変わった香りがする。
【フェノール/フェノーリック】クローブ(チョウジ)、燻製、病院・消毒液などの香りがする。
【フラワリー】花のような香りのする。
【ヘイジー】濁っている。
【ホッピー】ホップ由来の香り・味が効いている。
【モルティ】麦芽由来の香り・味が効いている。
Q6:近頃、低アルコールが気になります
現在低アルコールが注目されている背景の一つが、世界的な健康志向の高まり。SDGsが掲げる目標の3番目、「すべての人に健康と福祉を」という項目の中でもアルコール関連問題について言及されています。WHOによる各種施策も同様ですね。
もう一つが、最近まで起きていたハイアルコールブームへの反動。ダブルIPAやインペリアルスタウトなど、アルコール度数が10%前後のビールが珍しくありませんでした。
その対極に出てきたのが、アルコール度数5%未満のセッションビールで、そのうちセッションIPAが最も出回っています。さらに、アルコール度数が1%未満のノンアルコールビールも国内外で造られるようになってきました。スモールビア、テーブルビア、ニアビアといった伝統的な低アルコールビールも再び注目されるかもしれません。