ワインが“居心地よく過ごせる”店って、どんな店?橋本一彦さんの店作りは、そこから始まった。思いは2012年、赤坂にビアバー〈sansa〉を開いたときと同じ。熟成管理やグラス選びなどあらゆることに心を砕き、液体の嗜好性を追求。クラフトビールブームとともに増え続けたカジュアルな店とは違う独自路線で、ビアバーをアップデートした。
ワインはビール以上に長い熟成を視野に入れなければならない酒だ。しかも扱うのは、ナチュラルワイン。「難しい理屈は抜きでいい」とその裾野を広げたナチュラルワインだが、「飲み手はそれでいいけれど、提供する側は?」と、橋本さんは疑問を投げかける。造り手が魂を込めて醸した酒である。ゲストが口にする瞬間まで責任を持つのが、プロの仕事なのではないかと。
考えに考え、セラーを土壁で造ることにした。かつてフランスで訪れたワイナリーの、熟成庫を手本に。木を組み、藁を結んで、土を塗り込んでいく。断熱パネルは不使用。冷却装置も、ワインの“安静”を妨げる風や振動の起きないものを選んだ。
開店から1年半。ワインを事あるごとにテイスティングし、橋本さんはとても満足げだ。セラーにコストをかけた分、店内は簡素だが、グラスや食材など、ワインをおいしくするものは選び揃えている。窓の外は中学校の校庭で、日中は子供の声が響く。大都会・六本木の“余白”のような場所は、土蔵のある小さな店のために残されていたかのようだ。