見て見られて、自分らしく伝えることで聴き手を魅了する
「落語では、“ニン(仁)を知れ”という教えがあります。ニンとは、もとは歌舞伎用語で、役者によって異なる“芸の骨格”のこと。身の程や自分自身の人間性を指す時にも用いられます。例えば、私の場合は、“口が悪い、喧嘩っ早い、先輩に歯向かう、これがお前のニンだ”と、師匠方には言われます。だから、多少の乱暴な語り口もご愛嬌。それがキャラクターとなる世界なんでね」
落語家一人一人の話し方に特徴があるのは、この教えから。逆に、お手本となる“これが100点”という型はないそう。
「覚えたネタは、落語家にとっていちばんの財産です。高座でやりたい演目があれば、一門の垣根を越えて、その噺が得意な師匠に稽古をつけてもらう。ただ、師匠の話し方をそのまんま真似してセリフを追いかけても芸にはならない。点数をつけるとしたら0点。それぞれのニンに応じた話し方は、自分で見つけていくしかないんです。発声法一つにしても、そう。若い時に、“腹から声を出せ”と師匠に怒られたこともありますが、どうしたらいいかの指導はない。何をするにも自分なりのコツを探ってやってきました」
そうやって覚えた演目数は100弱。うち20演目はいつでもパッと高座で話せるよう体に叩き込んでいる。
「300年近くやり続けられている古典落語って、どの演目もいわば、ウケて当然の鉄板ネタなんです。スベったら、落語家の腕が悪い。あとは、お客さんとの波長が合っていないか。会場の波長を一つにするのも、これまた芸の一つなんですよ」
老若男女を笑いの渦に包む話芸。その日の客席の好みやツボを瞬時に察知し、噺に引き込んでいく。
「都内の寄席とホールでの落語会では、お客さんの年齢層やノリが違います。だから、本題前の枕の段階でリアクションと笑いの温度を見て、どの演目を話すか決めています。これは僕に限らず、落語家全員がやっていること。あとは、間の取り方。ずいぶん昔、先輩師匠に、“目の前のお客さんが、50人、100人、たとえ1000人でも、会場の呼吸を一つにさせろ”と教わりました。人はしっかりと息を吸ってからでないと、ハハハッと息を吐いて笑うことができない、と。だから、落語家は会場の呼吸を揃える音頭を取るような“間”を噺の途中に入れるんです。ただ、やりすぎると“芸がうるさくなる”とも言われる術なので、1演目で1回までというのが暗黙の決まりになっています」
語り手の見てくれが、聴き手の想像力を高める
「今では定着しましたが、パーマヘアにしたのも芸のため。肩幅の割に頭が小さいので、しっかりと顔を見てもらえるようボリュームのある髪形に。で、表情が伝わりやすいよう前髪はアップ。侍や町人を演じた時に邪魔になる襟足は刈り上げ、と計算してこれにまとまりました。高座に立つ自分を客観的に見ることで気づくことがたくさんあります。うまく話すには、この“見られる意識”を鍛えるのも大切な要素。ぐい飲みを口に運ぶ仕草、話す相手との距離を表す目線の高さ、といったことも目を細めるような感覚で舞台上を俯瞰しています。これができなきゃ、こっちが頭の中に描いている画をお客さんに想像してもらうのは難しいですから」
また芸は見て盗む、落語の世界。“見られる意識”も同じだという。
「90歳を超えた桂米丸師匠なんて、楽屋を出る時、ビシッと〈エルメス〉のスーツに、頭は〈ボルサリーノ〉。鏡に向かい、いつも10分かけて帽子のツバの角度を整えて帰っていく。舞台人という意識の高さがあるから、背筋はピンとしているし、芸は衰えない。“噺を整える”って、きっとこういうところからだろうね」
MY STYLE 自分らしく“話す”ために、一度書き出して整える
柳亭小痴楽調に話すためのセリフとメモが記された、門外不出の台本。いわば、“噺を整える”ための設計図の一部を特別に見せてもらった。
「脳みそがアナログなんでね。覚える時はやっぱり書かないとダメ。古典落語ならではの言い回しにある小さい“ん”とか、勢いよく話す時は1マスに2文字入れて書くとか、話のリズムや抑揚のヒントを細かく記せるのはこの方法だけ。パソコンじゃあ、こうはいかない。真打になってからも続けています」
WHAT’S AUGER?→〈オーガー®〉の毛抜き
医療用刃物から家庭用包丁まで手がける〈貝印〉から誕生した、男性用のグルーミングツールブランド〈オーガー®〉の毛抜きは、毛を掴みやすいよう先端は斜めの形状を採用。また、掴んだら離さない、横ズレを防止するストッパー付き。いつも細部まで“見られる意識”のある柳亭小痴楽師匠にもぴったりの代物だ。1,210円(オーガー/貝印)