35年ぶりにアレクサンダー・カルダーがやってきた!動く彫刻を生み出した美術家の展示が開催中

モビールなどで日本でもよく知られる、アメリカの現代美術家アレクサンダー・カルダー。現代のアートを語るうえで欠かせない存在である彼の、東京では実に約35年ぶりの展覧会が、麻布台ヒルズ ギャラリーで9月6日まで開催中だ。

photo: Kenya Abe / text: Mikado Koyanagi

マイク・エーブルソンが語る、カルダーの魅力

カルダーは、動く彫刻ことモビールの生みの親で、今回の展覧会も、モビールやスタビルなどの彫刻作品や、油彩などの絵画が展示の中心とはなるが、彼の作った作品はそれ以外にもおもちゃやサーカスの人形、ジュエリーなど実に多岐にわたる。

そんな幅広く、多彩なアートを生み出してきたカルダーの魅力を、〈ポスタルコ〉のプロダクトデザイナー、マイク・エーブルソンに、アトリエで様々な資料を見せてもらいながら語ってもらった。実は、〈ポスタルコ〉は、カルダーのドローイングをモチーフにした、トラベルウォレットやカードホルダーなどを10年ほど前から商品化している。

マイク・エーブルソン
マイク・エーブルソン
ロサンゼルス出身。2000年にNYのブルックリンで、エーブルソン友理とポスタルコを共同創業。毎日使うものを先入見なしに観察して、そこにもの作りの契機を見つけ、プロダクトをデザインしている。

この談話は、まだ展覧会を見る前のものであったことを、あらかじめお断りしておく。

マイク・エーブルソン

カルダーのことは、もちろんファインアートを勉強していた頃から知っていましたけれど、もう一度深く見直す機会になったのは、2012年か13年に、カルダー財団からコンタクトがあった時でした。

財団が、世界のいろんな場所で展覧会を開催するに当たって、カルダーの作品をモチーフにした、使い捨てではなく、長く使えるプロダクトを作れないものか、という漠然とした話で。そこで、ニューヨークにあるアーカイブを見に行ったんですが、カルダーのやっていたことが、思っていたより幅が広くて、見ながらだんだん面白くなってきたんです。

1940年代とか50年代のような昔の話なのに、家具や金具、ジュエリーを作ったり、おもちゃやテキスタイルを作ったり、こんなに幅広くやっているのは、今っぽいなとも思って。当時、彼が考えていたことを、もっと知りたいと思うようになりました。

そこで、どんな商品を作ろうかと思った時に、このトラベルウォレットにもモチーフとして使っているグラフィックエレメントをプリントすることにしたんです。もちろん、作品を使ううえで、財団からいろいろ制約はあったんですが、これはもともと、カルダーがバラバラにして使えるように描いていたドローイングらしくて。

つまり、コンポジションし直して作ってもいいと。そんなふうに、カルダーの作品には遊び心やユーモアがあるんですよね。でも、決して子供っぽくはない。

こんな作品を、僕らは存在することさえ知らなかったんですが、とにかく謎なものがアーカイブにはいろいろある(笑)。いろんなプロジェクトをやっているんです。そんなカルダーの遊び心を少しでも商品から感じてもらえるように、定番のトラベルウォレットとは違って、ポケットの色をマチごとに変えたりもしました。

当時彫刻といえば、ブロンズのような重厚感のある素材を使っていたわけですけど、カルダーは、ワイヤー(針金)のようなシンプルなものから出発していて、そこから進化していく。ワイヤーは僕も好きな素材なんですが、そういうシンプルなものにこそ、むしろ答えがあるのだと。また、モビールのように、自然の中のいろんな動きを作品に取り込みたいというのも、とても現代的で面白いですよね。

アートと生活を分けない

マイク・エーブルソン

カルダーは、(写真集を見ながら)このトイレットペーパーのスタンドが象徴的ですが、身の回りのいろんなものを自分で作っている。この家は、見られるものなら、実際に行って見てみたいですね!そんなふうに、カルダーは、生活とアートが一体になっているんです。

日本語に、「氷山の一角」という言葉があるようですが、カルダーの作品で知られているのは本当に氷山の一角。氷山は、海に浮かんでいるように見える頭の部分は、全体のわずか11%にすぎないらしいですからね。あまり知られていないだけで、単純にものすごい量の作品を作っている。

今の時代は、例えばカフェをやりながらTシャツを作って売ろうとか、そういう時に、オンラインのショッピングサイトがあったり、告知のためのSNSがあったり、やろうと思えばいろいろやれる時代にはなった。

ところが、可能性はあっても、自分のスキルやエネルギーに限界があったりして、なかなかそれを実現できない。そういうジレンマを抱えている人が多いような気がしていて、それが現代の問題でもあるように思います。

でも、カルダーを見ていると、だったらやれば?とりあえず、手を動かして作ってみたら?と言われているような気がしてくるんです。もちろん、誰もがカルダーのようになれるわけではありませんが、じゃあ自分は何がしたいのか考える。少なくともそういうきっかけを与えてくれる、背中を押してくれる。カルダーの作品には、そういう意味での、現代人へのメッセージ性があるように思うんです。

一方で、カルダーは、作品は見て感じたら、それで十分だとも言っています。アーティストの考えを必ずしも理解しなくていいと。実際、カルダーは、芸術論とか、あまり書き物も残していませんよね。

現代美術って、ちょっと難しいところ、あるじゃないですか。どう見ればいいのかわからないから、見ていて気分も重くなるし、楽しくもなくなってくる。でも、カルダーが言うように、正しい見方があるわけではないのなら、見る人の気持ちは軽くなるし、むしろ自由になれますよね。カルダーの展覧会は、そんなふうに見たらいいんじゃないでしょうか。僕も、とても楽しみにしています。

アレクサンダー・カルダー
アレクサンダー・カルダー
1898年米・ペンシルヴェニア州生まれ。アメリカの彫刻家、現代美術家。1926年、フランスに渡り、アメリカと往復しながらユニークな創作活動を精力的に行う。動く彫刻(モビール)の発明者でもある。1976年ニューヨークに没す。

カルダーと日本をつなぐ、大規模展示の意図

アレクサンダー・カルダーの展覧会が、現在、麻布台ヒルズ ギャラリーで開催されている。題して『カルダー:そよぐ、感じる、日本』展はカルダーの代名詞ともなったモビールなど、カルダー財団所蔵の作品約80点が並ぶ。

そこで、今回キュレーションを担当した財団の理事長であり、カルダーの実の孫にも当たるアレクサンダー・S・C・ロウワー氏に、展覧会の見どころを尋ねた。

まず、作品のセレクトのポイントは、「カルダーの作品と日本の美学を関連づける重要な作品を、また日本との直接的なつながりを強調した作品を選びました」とのこと。

例えば、日本的なものからの影響という意味を持つ「Un effet du japonais」という作品があるが、「先細りの長い腕の先の2つのモビールは、まさに印象派を強く感じさせる日本の能の扇を、ひいては、日の出、花、海の波、風、雨、雪、その他多くのイメージを想起させ得るもの」で、「日本の美意識が彼の創造性に与えた深い影響を感じることができる」のだという。

カルダーは、残念ながら来日したことはなかったが、1956年に日本橋髙島屋で開催した国際現代美術展で紹介された作品「Seven Black, Red and Blue」も今回展示される。

最後に、「日本の観客にカルダーの作品をより身近に感じてもらい、瞑想的な内省の機会としてもらえたら」と締めくくった。