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豊穣なアイヌ文化に出会う、道南ミュージアム巡りの旅 〜前編〜

北海道ではアイヌ文化に触れてみたい。今回はアーティストのマユンキキさんと一緒にアイヌ民族にまつわる2つの博物館を巡ることに。さらに足を延ばして木彫り熊のミュージアムまで、いざ道南ミュージアムの旅へ。

photo: Yayoi Arimoto / text: Ichico Enomoto

ゴールデンカムイ』でアイヌ文化に興味を持ったという人も少なくないいま、北海道を旅するなら行ってみたいのが、やはりアイヌ文化に関するミュージアム。北海道ではアイヌに関する教育もあるというが、本州以南に暮らす人たちは、よほど興味がないかぎり先住民族であるアイヌについて学ぶ機会は少ない。

そこでマユンキキさんと向かったのは、新千歳空港から車で約40分、白老町にある国立アイヌ民族博物館。2020年に誕生した〈ウポポイ(民族共生象徴空間)〉という名の、アイヌ文化復興などに関するナショナルセンターの中にある。ちなみに、「アイヌ」という言葉は人間を意味し、「ウポポイ」とは大勢で歌うという意味だという。

ポロト湖を望む広い敷地には、博物館のほかに体験学習館や体験交流ホールが点在し、伝統的コタン(村)には再現されたアイヌの伝統的チセ(家)が複数並ぶ。自然と調和した気持ちのいい空間だ。体験交流ホールではアイヌ古式舞踊やムックリ(口琴)演奏などの伝統芸能の上演があり、工房やチセでもさまざまなプログラムが行われているが、まずは本来の目的である博物館へ入ってみよう。

ウポポイのPRキャラクター オオウバユリの「トゥレッポん」
ウポポイのPRキャラクターはオオウバユリの「トゥレッポん」。

国立アイヌ民族博物館(北海道/白老町)

体験しながら自分で考える。
アイヌ文化に出会えるミュージアム。

博物館の1階にはライブラリーやシアターがあり、2階にメインとなる展示室がある。展示は「私たちのことば」「私たちの世界」「私たちのくらし」「私たちの歴史」「私たちのしごと」「私たちの交流」という6つのテーマで構成されている。ガラスケースの展示は裏からも見えるようになっていたりと工夫が凝らされ、受け身でなく探究するように見ていくのがよさそうだ。映像展示も多く、マユンキキさんは音声や映像で得られることも多いと話す。

例えば、「カムイとくらす世界」というアニメーションでは、カムイについてわかりやすく解説される。さまざまなものに「ラマッ」(霊魂)が宿り、そのうち人間に強い影響力があるものを「カムイ」と呼ぶ。植物のカムイ、動物のカムイ、自然のカムイなど多様なカムイと人間は共存し、影響を及ぼし合う関係にあるというのがアイヌの人々の考え方だ。そのほか現在ではほとんど行われなくなったイオマンテなどの儀礼の映像もある。

また、博物館はもちろん、ウポポイ園内は多くのアイヌ語であふれている。展示の解説文も、それぞれ沙流方言、釧路(鶴居)方言、樺太方言など、各地のアイヌ語を受け継ぐ人が書いたものが表示されている。そしてマユンキキさんは「これほど多くのアイヌの人々が働いている施設はほかにない」と言う。

工房では刺繍や木彫りなどの実演が行われていたり、チセではムックリ演奏体験や口承文芸のプログラムが、屋外のステージでは歌や踊りが披露されている。気軽に話しかけたり、わからないことがあれば聞いてみることもできる。交流が生まれ、人々が共生する姿が感じられる、それこそがウポポイの最大の特徴だ。「ここでは知識を詰め込むというよりも、自分の実体験として、何かを得られる場所だと思った方がいいかもしれません」

それにしても、もっと膨大な展示があるのかと想像していたが、意外とコンパクトにまとまっている印象。わかりやすく、アイヌ文化を知る入口にはいいのでは?するとマユンキキさんは「でもここにあるものがすべてだと思わない方がいいと思いますよ」と。例えば、アイヌの人たちが施す入れ墨について解説されているところはほとんどなく、アイヌ民族の伝統的な文化でも紹介されていないものもあるという。

また、ここに展示されているのは所蔵品のほんの一部。少しずつ展示替えはあるようだが、裏にはもっと多くの資料がある。マユンキキさんは、展示にないものはないとされてしまうことを懸念しているのだ。「文化って見映えや聞こえのいいものだけではなくて、もっと多様です。コーティングされたような美しい部分だけを見せるのではなく、まだまだわからないことがたくさんあるんだと気づかされるのが博物館なんじゃないかな。だからここだけでなく、ほかの博物館も訪れることをおすすめします」

川村カ子トアイヌ記念館(北海道/旭川市)

マユンキキさんの祖父
川村カ子トとは。

「私たちのしごと」のゾーンでは、アイヌの人たちの伝統的な生業のほか、実際にどんな仕事に就いていたかを紹介しているが、ここにマユンキキさんと関わりの深い展示が。マユンキキさんの祖父、川村カ子トは上川アイヌの長で、鉄道の測量技手として活躍した人物。

長野県の天竜峡など、各地で難易度の高い測量の仕事を成功させ、その後〈川村カ子トアイヌ記念館〉館長としてアイヌ文化の普及と啓発に努めた。ここでは実際に使われていた測量の道具も展示されている。「うちの記念館もとてもいいので、ぜひ訪れてみて」とマユンキキさん。

北海道〈国立アイヌ民族博物館〉川村カ子トアイヌ記念館
ファサードのデザインは、彫刻家、砂澤ビッキによるもの。復元されたチセもある。