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動物園デザイナーの仕事って?“命”を見せる動物園の作り方

動物園ではなかなか見ることのできなかった本来の行動や習性を引き出すために、彼らの生息環境をできる限り再現する「生息環境展示」。この手法を国内でいち早く実践しているのが動物園デザイナーの若生謙二さん。動物園デザイナーの仕事について、これからの動物園が担っていくべき役割について、話を聞きました。

photo: Kenji Wako / text: Yuriko Kobayashi

木から木へ、縦横無尽にシロテテナガザルが飛び回る〈ときわ動物園〉の展示。動物園ではなかなか見ることのできなかった本来の行動や習性を引き出すことができたのは、彼らの生息環境をできる限り再現した「生息環境展示」のおかげだ。

この手法を国内でいち早く実践しているのが動物園デザイナーの若生謙二さん。2020年には〈上野動物園〉に新設された「パンダのもり」のデザインを手がけるなど、動物園のあり方を模索している。

「動物を自然に近い環境で展示しようという動きの発端は1907年に開設されたドイツの〈ハーゲンベック動物園〉の展示です。アフリカのサバンナに棲(す)む肉食動物と草食動物が同じ場所にいるように見える“パノラマ展示”を世界で初めて採用しました。両者の間には深い堀があるのですが、観客からは一つの空間に見えます。それまで檻や柵の中に単一の動物を入れていた動物園展示において革命的な出来事でした」

その後、欧米の動物園では動物の生息環境を再現したランドスケープデザインに取り組み、同じ環境に暮らす種の混合展示を行うなど、動物だけでなく生息地を含めた環境を見せる「生態的展示」が発展していく。

「そんな中、日本では動物の行動を引き出して見せる“行動展示”が人気を博しました。当時は生態的展示vs.行動展示という議論もありましたが、そもそも動物本来の行動や習性を引き出すためには彼らの生息環境を再現することが不可欠です。そこで両者を包括した“生息環境展示”に取り組みました」

動物園をデザインする際、若生さんは必ず展示動物の生息地へ赴く。「野生のテナガザルは高木だけでなく低木も利用して、8の字を描くように三次元的に移動していました。当初、動物園では高木だけを使う予定でしたが、それでは本来の行動を引き出せない。予想以上に離れた樹間を飛び移っていることにも気づき、それを可能にしているのが木の“しなり”であることも知りました。これは人工物では再現できない。自然木があってのことであると」

動物を見て、環境を思う。生息環境展示の役割とは

生息環境を再現することは動物福祉の面においてもメリットがある。「植物は木陰を作り輻射熱(ふくしゃねつ)を遮る。すると風が通り温度が下がります。同時に隠れる場所も提供してくれるので、動物はその都度心地よい場所を選ぶことができる。“選択できる”ことは環境の多様性があるということです。それが自然な行動を引き出すことにもつながるのです」

そしてもう一つ、生息環境展示に込められた思いがある。「動物たちの生息環境を知ると、それが失われてしまうことがいかに重大なことかがわかってきます。豊かな熱帯雨林がないとテナガザルは生きてはいけない。来園者がそのことに少しでも思いを馳せてくれたら。生息環境展示は、彼らの“命”に触れ、私たち人間のあり方をも問うてくる。これからの動物園が担っていくべき役割を体現する手法なのです」

天王寺動物園「アフリカサバンナ」

ライオンとキリンが同居⁉日本初の本格パノラマ展示

ライオン、ハイエナ、キリンにシマウマ。アフリカのサバンナに生息する肉食&草食動物が広大なエリアに共存しているように見える「パノラマ展示」を日本で初めて本格的に採用。設計にあたり日本の動物園計画としては前例の少なかったケニアとタンザニアの国立公園での現地調査を敢行。動物の行動や習性に加え、生息環境やそこに適応して生きる動物との関係性にまで着目し、リアリティある生息環境作りに成功した。

エリア全体を架空の国立公園としゲートを設置することで、来園者がサバンナに分け入り動物に遭遇する臨場感、感動を味わえるランドスケープデザインを徹底。環境破壊にまつわる解説板を設置するなど、「生きた博物館」として機能することを目指した。2006年全面完成。

上野動物園「パンダのもり」

パンダの故郷、中国・四川省の山地を借景で演出

起伏のある地面を、岩や倒木をまたいで歩くジャイアントパンダ。その姿を見ると、そうかパンダは山に暮らす動物だったのだ、とハッとさせられる。2020年に新設された「パンダのもり」は、中国・四川省の山岳部の森に暮らす彼らの生息地を再現したもの。それまで平坦だった展示に岩などを配置することであえて起伏をつけ、山岳地のランドスケープを創出。

植栽に加え、東園の斜面にもともとあった樹林を借景として活用することで、奥行きある深山の風景を造り上げた。パンダの展示までの園路は緩やかに曲がり、傍らには木に残されたパンダの爪痕や糞の造形サインを設置。同じ生息域に暮らすレッサーパンダやキジ類を途中に展示することで、生息環境に入り込む期待感を高めている。

長野市茶臼山動物園「オランウータンの森」「レッサーパンダの森」

既存の樹木を生かして、豊かな森を作り出す

野生では一生のほとんどを樹上で暮らすオランウータン。本来の樹上での暮らしを見せたいとデザインしたのが2021年完成の「オランウータンの森」。既存の広葉樹や林床の腐葉土などを可能な限り生かして森林環境を保全しつつ、天然の乾燥木を用いた登攀木(とうはんぼく)を配置するなど、オランウータンが樹上でより活発な行動ができるよう緻密な設計を施した。

2009年完成の「レッサーパンダの森」でも、もともと園内にあった樹林に加え、トウヒやウラジロモミなど、彼らの習性に適した樹木を配することで、木の上で眠る姿や活発に地上と樹上を行き来する行動を引き出すとともに、生息地環境を想起させるランドスケープを生み出した。

飯田市立動物園「カモシカの岩場」「フンボルトペンギンの丘」

南アルプスの大パノラマで一躍人気展示に!

南アルプスを望む段丘崖に位置する飯田市立動物園。そこに生息する天然記念物であるカモシカを飼育しつつも、従来の展示方法は柵囲いだった。それはもったいないと2013年に新設したのが、南アルプスの山々を背景に、岩場や草地を造って生息環境を再現した「カモシカの岩場」だ。麓に見える街の風景を岩場で隠すことで、雄大な風景をバックに佇むカモシカの姿を見せることに成功。人気の展示となった。

2012年にオープンした「フンボルトペンギンの丘」では、岩場と砂地でできた起伏の激しい島で暮らす彼らの生息地を再現。プールだけの展示が多い中、陸地と水中を行き来する姿を見ることができる。水中展示は来園者の目線の高さに合わせ、飛ぶように泳ぐ様子を観察できるよう設計されている。