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何もしない贅沢を味わう名湯の宿。広谷温泉〈湯宿 さか本〉

日本が世界に誇るおもてなしの形は多種多様。かゆいところに手が届く至れり尽くせりからほったらかしまで、自分好みの宿を求めて。
初出:BRUTUS No.858『温泉♡愛』(2017年11月1日号)

photo: Norio Kidera / text: Ai Sakamoto

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湯宿 さか本(広谷温泉/石川県)

余計なものは何もない湯宿で
“素の自分”を取り戻す

能登半島の突端、奥能登に不思議な一軒宿がある。何もないミニマルな宿ながら、訪れた者の多くが二度、三度と足を運ぶ。だが、中にはまったく魅力を理解できない人もいる……。それがここ〈湯宿 さか本〉である。

旅館でも、民宿でもない“湯宿”の始まりは1989年のこと。主人である坂本新一郎さんが、両親の営む古い湯治場を受け継ぎ、現在の建物に建て替えた。エアコンはおろか、テレビも時計もWi-Fiも、何なら携帯の電波も(ほぼ)ない。もてなしも簡素で、食事時以外はいい意味でほったらかし。このシンプルさがむしろすがすがしく、心地よい。

根底にあるのは、自然とともにある暮らし。黒漆塗りの母屋は磨き上げられ、大きくとられた開口が周囲の景色を切り取る。開け放たれた廊下を歩くたび、竹林を望む湯に浸かるたび、目ではもちろん、虫の声や流れる水、葉擦れの音、そして香りに季節の移ろいを感じる。建物の外に広がるランドスケープも、主人自らが手がけたというから驚く。

多くの人が高く評価する料理も、やはりシンプルだ。その日手に入った地の食材を使って、一つ一つ丁寧に仕込む。

「料理は独学」と言いつつ、客を喜ばせるための努力を怠らない。夕食に出されるコシのある手打ちそばに、豆腐から手作りする朝食のがんもどきに、無農薬栽培米を使った香り豊かな炊きたてご飯に、心づくしのもてなしが詰まっている。

「うちは宿屋ではなく、お客さんの別宅。我が家はその管理人」と笑う坂本さん。ここでの贅沢はただ何もしないこと。知らず知らずのうちに、余計なものをまとってしまった心と体をゆるめに出かけるのが得策だ。ちなみに、1月と2月はお休み。その理由が「寒いから」というのだから、なかなかにふるっている。

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