シンガーソング・タグクラウドで解析する、
ユーミンの歌詞
学生時代、プログラムを覚え始めた最初期。人工知能を使って、大量の情報を分析し、統計を出すデータマイニングという手法が発達してきたんです。アメリカの大学だったと思いますが、その手法を使い、各時代のアメリカ大統領がスピーチの中で使った言葉を解析し、タグクラウド化していた。世間が政府へ求めていることが、わかりやすく可視化されていてすごく面白い、と思い、自身の心情から言葉を紡ぐシンガーソングライターの作品に応用してみようと思ったのが、シンガーソング・タグクラウドの始まりです。
僕の場合、シンガーソングライターといえば、小学生の頃から聴いてきたユーミンでした。時代ごとに分析してみると、さまざまな変遷があることがわかったんです。例えば季節。荒井由実時代は一種のタームとして捉えていて、流れゆくものとして抽象的に描いている。ところが、松任谷由実時代になると、『SURF&SNOW』など、四季に宿る心象風景を具体的に、解像度を高めて表現するようになってくる。
体/抽象という言葉の変化は、サウンドとのバランスも影響していると考えられます。70年代のアコースティックで温もりのある演奏には、具体性の強い言葉を使うと、前時代的なフォークへ近づいてしまい、曲として聴いた感じが崩れてしまう。一方、電子音が導入された80年代のエレクトロニックなサウンドなら、具体的な言葉を用いても成立する。
コロナ禍に発表された『深海の街』(2020年)では、最も使用頻度の多い言葉が長年トップだった“私”から“君”に変わります。音楽は聴いてくれる人がいないと成立しないものなので、コンサートが開けない状況の中、“君”という存在が立ち上がってきたんじゃないかと考察しています。
荒井由実(1972〜1976)
松任谷由実(1977〜2016)
松任谷由実(2017〜2020)
2020年には、僕の番組へユーミンがゲストでいらっしゃった際、こうした分析結果を直接お伝えしました。それまでのゲストは、自分でも気がつかなかった結果が出て、結構驚かれるんですが、ユーミンは違いました。「“私”という言葉を一番使われています」と言うと、「そりゃ、そうですよ。だって、私だもん」と返されて。つまり、とっくに自己分析はできている。さらに驚いたのは、自分の特性に関して「私が見たり聞いたりして、歌にしたものには一般性が宿る」とおっしゃったこと。多くのシンガーソングライターの場合、自分の視点で切り取ったある世界を歌にする。しかし、ユーミンの場合は、自分の視点を掘り下げるほど、誰もが共感するような歌詞になるのです。
音楽家の多くは、影響を受けた音楽を分解/再構築して、自分の作品に反映させる。ユーミンは作詞をする時、おそらく日本語自体も再構築されているのではないかと思います。例えば、「やさしさ」には包まれないし(「やさしさに包まれたなら」)、「リフレイン」は叫ばない(「リフレインが叫んでる」)。校閲が入ったら引っかかりそうな表現を、緻密かつ大胆にメロディに落とし込んでいる。独自のユーミン文法があるんだと思いますね。
ユーミンは、言葉の使い方は変化していても、デビューの時からすでに完成していたことが歌詞を解析してわかりました。若くてなにも知らないけど、たまたま書いた歌が当たった感じで出てきたラッキーパンチ的なタイプじゃなく、全部わかったうえで言葉を配置し、メロディも作っている。自らに宿る一般性とユーミン文法を魔法陣のように駆使して、新しい音楽を残してきた。本当に全知全能のミュージシャンですよ。僕はラジオが初対面でしたが、興奮と衝撃のあまり、3日間ほど知恵熱を出し、寝込んでしまいました。
未来にも語り継ぎたい、
ユーミン・プログラム
今回、AIで再現した荒井由実とのデュエットによる新曲「Call me back」を聴き、改めて現代的な発想をする人だと思いました。テクノロジーの分野では、AIとしてその人の声や曲の作り方を残さないと、もはや作家の名前は残らないんじゃないかと言われていて。例えば、Photoshopで加工すれば“ピカソ”の画風になるとか。それを、作家自身が許さないと、次に行かないと思うんですよね。ユーミンは「Call me back」で、それを早い段階で許可したんだと思います。“ユーミン”という発想を残したら、メロディメーカーとしてはもちろん、作詞家としてもすごいものになるんじゃないかな。一番残すべき音楽家じゃないですかね。ただし、AIはイチからものは作れない、ただマネするだけです。だから、まだまだユーミンご本人には、素晴らしい音楽を発表していただきたいと思います。