歌う身体からそっと距離を置いて。諭吉佳作/menが、初のインストアルバムで出会った新しい自分

10代から目覚ましい活躍を続けるシンガーソングライター・諭吉佳作/menが初のインストアルバムを発表。「過去10年で僕が知ることのできた日本の音楽家の中で、最も才能を感じた人の一人」。諭吉佳作/menの音楽を高く評価する批評家・佐々木敦が、その創作の秘密に迫る。

photo: Yuichi Ihara / edit & text: Sho Kasahara

『テーブルテニスのゲームのレフィル』って、なに?

──今回のアルバムをトータルで聴いてみると、すごく一貫性があって音楽的なコンセプトみたいなものを整えてつくられた印象があったんです。インストのアルバムを作ってみようと思ったきっかけはどんなところだったんですか。

諭吉佳作/men

実は、普段音楽を作っている中で自然と「インストみたいなもの」ができることはちらほらあったんです。今回のアルバム1曲目の『不注意を払う』も、歌を載せる感じでもないかもなと思って置いておいた曲で。

もともと歌うことが好きなので、私の曲は歌があって成り立つと思っていたんですが、インストを作る仕事をしたときに単純に楽しくて、満足できるものが作れた。それで今回、新たにインストアルバムを作ってみようと思ったんです。

たとえば、「gym」は4つ打ちの電子寄りの曲を作りたいという動機から生まれたし、「As a friend」はピアノを弾いたときのミスタッチや揺れを打ち込みで再現したくて作った曲。それぞれのやりたいことを別々の曲で具現化していったら、結果としてこの16曲になりました。

──アルバムタイトルも印象的ですよね。なぜこの名前に?

諭吉

まず「テーブルテニス」という言葉は突発的に出てきた言葉で、はっきりした意味はないんです。たぶん、1曲目のクローズドリムショットが卓球のラリーみたいに聴こえたからなのかな、と。でもそれだけでは物足りなくて「ゲーム」、もっと間接的な言葉もつけたくて「レフィル」を追加。どの曲もニセモノっぽいので、レプリカや食品サンプルみたいなイメージのアルバムタイトルにしました。韻の感じも気に入っています。

今回のアルバムでは、タイトルの末尾に「運転」とついている曲はそれより前の曲をサンプリングしてつくっていて。たとえば「逃走なら運転」なら1〜5曲目を、「夜の運転」なら7〜10曲目をサンプルして、その上に新しく作ったビートを重ねているんです。

──おもしろい!これは音楽理論を学んできた人の曲だなと思うものが最近よくあるんですが、諭吉さんの音楽はいい意味でそれと全然違う。独学で学習した人の音楽という感じがします。話を聞いていると、やっぱり天然的というか、自分のできる範囲でおもしろくしたい人なんでしょうか。

諭吉

中学生の頃、iPhoneの『GarageBand』で曲を作ったのが制作の始まりで。今も音楽理論は正直あまりわかっていません。うまく弾ける楽器はほとんどないけど、歌うことは小さい頃から好きで、「自分の曲を歌っている人」になりたい願望はずっとありました。基本的に、自分が楽しいと思える音楽にしたいという気持ちが大きいですね。

諭吉佳作/men

作ること、歌うこと、なりきること

──歌のないアルバムという形もユニークだし完成度も高いなと思うと同時に、今回の新作は、セルフセラピーのような感じもあると思いました。

諭吉

たしかに。歌うことって、自分の体を使わなければいけないし、自分をどう見せるかということが前面に出すぎてしまうんです。

たとえば、普段一人でいるときは気にならなくても、一歩外に出ると自分の性別と向き合わなければいけないとか。歌うときはそれが密接だけど、インストだとそういうことをフラットにできましたね。自分の体を想像される要素から一度距離を置けたことがすごく大きかったです。

自分をなくしたいという気持ちは昔からあって……。私、漫画を読んでいても、ゲームをしていても、そのキャラクターになりきってセリフを本気で音読してしまうんです。

──なりきる……?

諭吉

はい、『ジョジョ』も『ポケモン』も、夏目漱石の『こころ』も、全部大声で(笑)。小学生くらいのときからなんですが、そのキャラクターのセリフを読んでいる間「その人の状態になれる」のが気持ちよくて。もちろん最初は、家のメンバーに遠慮する気持ちもありましたよ。でも、今はそれが全くなくなって、箍(たが)が外れました。

やっぱり考えすぎることが多いので、無になりたいっていうのもどこかにあるんだと思います。口から音を出してる分、頭でいろいろ考えたりしなくて済むので。

──音楽を作るときも、その「なりきる感覚」はあるんですか?

諭吉

「自分は音楽を作る人だ」と思いこむことで作品を作り出すという、“側の意識”が強くありますね。ライブでも、そのときの気分によっては自分の曲を他人の曲みたいに歌えることもあります。入り込みやすいんです(笑)。

──今回のアルバムをあらためて聴いてみてどうでしたか?

諭吉

今までの自分のボーカルが好きで聴いてくれてた人もいると思うし、インストを普段聴かない人もいると思う。どう受け取られるか不安ではありました。

でも、出来上がってからあらためて通して聴いてみたら、一曲一曲の質感も、全体の流れも、ちゃんと自分が思っていた通りで。「あ、これでよかったんだな」と素直に思えたし、いい作品になったと感じています。

諭吉佳作/men
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