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人格をファッションデザインで具現化する。中里唯馬のオートクチュール

最先端のテクノロジーを駆使して、着る人のアイデンティティをオートクチュールで表現するデザイナー。それが中里唯馬だ。

Interview & Text: Keita Tokunaga / Edit: Keiichiro Miyata

本人も気づかない人格をファッションデザインで具現化する。

ファッションデザイナーが生み出す数々の服は、私たちの変身願望を後押ししてくれる。なかでも、オートクチュールは、着る側の個性を作り手が引き出す、究極の手段。そんな考えのもとテクノロジーを追求する一人のデザイナーがいる。それが、中里唯馬だ。

「私が考えるオートクチュールの理想は、美容室です。1万円もあれば、数時間でオーダーメイドに近い髪形を提供してくれます。そう考えると、自分を表現するうえで、とても理想的なサービスが街の至るところにありますよね。

あと、雑談を含めた“どのような髪形にするか”という対話には心地よさがありますよね。服も機能性だけではなく、人それぞれが持つ記憶や感情が入り混じっていた方が大事にしたくなるだろうと思います。まだ遠い未来の話ですが、一部のお金持ちのためだったオートクチュールを、安価で便利な、万人のためのものにしたいというのが、私のビジョンです。

そのためには、もっとデザイナーや作り手の柔軟性が重要なんです。極端に言えば、服を縫うことが技術職でなくなり、誰でも簡単に作れる環境が整えば、コストの概念が変わります。例えば、昔は当たり前だった、母親が子供の服を作る文化が戻れば、そこに対話と心地よさも含まれます。

女性が社会進出し、忙しい現代で、その環境に近づけるには、まずミシンを使わず、もっと言えば、針と糸も使わない服作りが理想なんじゃないか。そのためには、早くて簡単に服を縫製する道具から改革が必要と思い、ブランド創業時から最先端のテクノロジーを取り入れた実験を繰り返してきました。

そして、生まれたのが、複雑な造形を素早く手軽に作れる、Spiber社のタンパク質素材を使い開発した技術です。同素材は、水に濡れると収縮する特徴を持っているのですが、それを生かして形状変容させる特殊なプリントを表面に施すことで、パターンや縫製で形作らなくても立体的な服を生み出すことができる。義足のモデル、ローレン・ワッサーを起用した、2021年春夏コレクションでは、その技術を採用し、彼女のアイデンティティをオートクチュールで表現しています。そして、もう一つブランドの軸として取り組んでいるのが、「Face to Face」というプロジェクトです。

お客様のワードローブにあるシャツを受け取り、オンラインでの対話を通じて得た思い出や記憶をもとに、人格を宿すように新たな衣服として仕立てるというもの。これからは“語れる服”が重要だということ。

例えば、サステイナビリティの観点で作られた服も、パッと見た時にそのことが伝わり切らない。そこで、新作を発表するまでのプロセスをどれだけお客様にシェアできるかが重要だと考えました。今後は、いくらビジュアルが良くても、“語れる服”でなければ興味を惹かれない、という逆転がきっと起こる。

また、個人的に楽しみにしているのはステイホームを余儀なくされた生活からどんなファッションが生まれるか。2020年は新しい生活様式を求められ、人は身の回りをよりシンプルな方向へとシフトし始めました。日本人のDNAには、おそらく、歌舞伎の装飾や華美な祭りへの欲望があり、コロナ禍が落ち着けば、抑圧から解放される。

ファッションの歴史においても、第二次世界大戦後にディオールのNEW LOOKという豪華な服が流行ったように、抑圧の後に、解放がある。人の内面の解放に重点を置くブランドとしてオートクチュールの分野でもアクションを起こしていきたい」

人工合成タンパク質素材と最新技術を駆使したコレクション
人工合成タンパク質素材と最新技術を駆使した、2021年春夏コレクション「ATLAS」。