まだ見ぬ“物語”を追いかけて
2020年の旗揚げ以来、Zoomを使ったオンライン演劇の分野を切り拓き、現在は広く“物語”を創るクリエイター集団として表現の幅を広げるストーリーレーベル〈ノーミーツ〉。その主宰の一人が、脚本家の小御門優一郎さんだ。
彼が脚本と演出を手がけた、ニッポン放送のオールナイトニッポン55周年を記念したオンライン演劇『あの夜を覚えてる』は今年3月に配信され、大きな話題に。舞台はニッポン放送の社屋。
ラジオ愛に溢れた話の運びはもちろんのこと、ラジオブース、オフィスと空間を縦横無尽に行き来しながら、ハイクオリティな映像をもって届けられたこの実験的な生配信劇は、圧倒的なライブ感で観る者に衝撃をもたらした。小御門さんは振り返る。
「もともとは、ノーミーツのメンバーの一人が深夜ラジオをテーマに何かできないかと考えていて。以前僕らが、閉館後のサンリオピューロランドで行ったワンカットの生配信演劇を一例に、ニッポン放送プロデューサーの石井(玄)さんに提案をしたのが始まりです。
あらすじの骨子を僕の方で作りつつ、ラジオ局で働く方に取材させてもらったり、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんに入っていただいたりして詰めていきました」
主人公は、髙橋ひかる扮する、オールナイトニッポンのアシスタントディレクター。千葉雄大扮する人気パーソナリティが出演するある日の生放送現場の一幕を契機に、物語は展開する。実現までは「すべてが大変だった」と苦笑する小御門さんだが、中でも骨を折ったのが、日夜問わず稼働するラジオ局で、いかに着実な準備を進めるか。
「生放送スケジュールの都合で、局を使えるのは日曜日の夕方以降だけ。本番はもちろん、ロケハンもリハーサルも、その時間でしかできなかったんです。この限られた時間に、その都度機材を運び込んで、設営して、カメラワーク、動線などを検証して、終わったら撤収して、を繰り返していきました。本番直前まで、“本当に成功するのか?”と現場には緊張が走っていましたね(笑)」
見どころの一つは、劇の後半、リアルタイムでリスナーから届く番組宛てのメールを、そのまま作中のパーソナリティが読み上げる場面。ノーミーツが培ってきた、観客との双方向コミュニケーションのノウハウが生かされた。台本はなく、役者にメールだけを手渡し、ありのままのリアクションを委ねた。
「劇場で演劇を観る醍醐味って、“今観ているこの回がうまくいく保証はない”ハラハラ感。画面越しにも、スタッフもキャストも、緊張しながらやってると観客に感じてもらえてこそ、オンライン演劇は面白くなると思っていて。
そのためには、作る側も決め込みすぎずに余白を残してリスクを負うし、観客にもリアクションを促す。リアルのような一体感を生むにはどうしたらいいか、ノーミーツでの作品作りで見出した方法の一つです」
現実への欠乏と物語への憧憬
ノーミーツで、あるいはそこから派生する脚本家としての活動を通して、枠にとらわれることなく物語を生み出す小御門さん。彼にとってのフィクションの原体験は、幼稚園児の頃に観た松本零士のSFアニメ『銀河鉄道999』だった。
「観終えた後、面白さに興奮すると同時に、一種の寂しさや疎外感を感じたんです。主人公の鉄郎は、悲劇や苦悩を乗り越え、謎の女性・メーテルとの冒険の果てに一つの答えを見出しましたが、何不自由なく幸せに暮らす僕は、きっと普通にこのまま大きくなって、いつか死んでしまう。漠然と、自分の人生には意味がなさそうな気がしたんです。
その後も物語に触れるたび、どの登場人物たちにも何らかの使命があって、冒険、決断、戦いがある。その果てに、何かを見つけ、変化するのが物語なのだとしたら、きっと僕はそうなれないんだなと。しかも現実は、つじつまは合わないし、伏線も回収されない。どこか物悲しさを抱えていました」
ゆえに、高校時代からは物語を「作る」ことに情熱を注いできた小御門さん。登場人物たちへのコンプレックスは変わらないが、キャリアを積み上げる中で、一つ気づいたことがある。
「フィクションで描かれるものも、その材料は結局は現実の中にあることです。この前提は絶対にひっくり返らない。それに気づいた時に安心して。素晴らしい物語を生み出す“畑”が現実ならば、現実自体も捨てたもんじゃない。
自分がそう思い始めたように、観賞する人にもそう思ってもらえる作品を作りたいです。だから、演劇でも、映像でも、小説でもなんでもいい。今は、物語を作ることそのものに、やりがいと喜びを感じています」