いよいよ宇宙飛行に向けた訓練が始まった。前澤友作・平野陽三、そしてバックアップクルーの小木曽詢はモスクワ郊外のスターシティにある「ガガーリン宇宙飛行士訓練センター(GCTC)」で延べ半年間にわたって、寝食を共にしながら宇宙に旅立つ準備を行うことになった。
前澤さんが国際宇宙ステーション(ISS)行きを発表した2021年5月13日、すでに3人はロシアにいた。実は「GCTC」で訓練を行うためには特別なメディカルチェックをクリアせねばならなかったのだが、3人は3月に不合格となっていた。
そこで指摘されたポイントを改善したうえで再審査に臨み、合格したのが5月のこのタイミングであった。
「前澤さんは網膜の裏に水が溜まる症状を治療し、僕は親知らず4本と根元に炎症があった歯を全身麻酔で抜きました。虫歯一本あったら宇宙飛行士になれないって聞いてたけど、ホントでしたね(笑)」
かくして3人は2021年6月15日、「GCTC」に晴れて入所を果たすことになった。
訓練生活はまるで合宿のよう
訓練は月曜から金曜、朝9時から18時まで。水泳・ランニング・筋トレなどのフィジカルトレーニングに、ソユーズの機構や打ち上げまでの手順、ISSの仕組みに関する座学など時間割がびっしり。
10月以降には、ソユーズの船長であるアレクサンダー・ミシュルキン氏が合流。ソユーズのモックアップを使ったフライトシミュレーションや、宇宙でのガス漏れ、低酸素など不測の事態に対応できるような、より実践的な訓練が加わる。
3人は同じホテルから同じクルマで1時間ほど掛けて通勤(?)し、訓練後のディナーも基本的には一緒。まさに寝食を共にする状態が続く。
「学校みたいでしたね。フィジカルトレーニングが大変そうだと言われますけど、むしろ座学がキツかったですね。授業はロシア語で、英語の通訳が入ります。といっても、僕は英語も堪能ではないので、訓練の合間は英語の勉強も続けていました。テストもちゃんとあって、今日やったところを明日詰められたりするので、ホテル内でディナーを食べながら3人で、その日の復習をしていました。この年で新しいことを学ぶのは大変でしたけど、10歳上の前澤さんが同じことをやってるんだから、僕もやらなきゃですよね」
前澤友作の「やりきる力」に驚愕
そうして同級生のように机を並べて過ごすなかで、平野は前澤さんのすごさを実感したという。
「勉強の仕方が違うんです!たとえば、僕らが“公式だから丸暗記でいいよな”とか“ここは重要じゃないから”と流しちゃうことでも、引っかかることがあったら、納得がいくまで執拗に先生に質問し続けるんです。専門用語だし、英訳するのも大変なのに徹底的に追求するんですね。22歳のころから知っていたはずなんですけど“ああ、凡人と成功者の違いってそういうとこだよね!”とあらためて思いました」
そして、それは“仕事”だけではない。平野は半年間でもっとも苦手だった訓練に「回転椅子」を挙げているが、さらにキツかったのが「卓球」。そこにも前澤さんの「とことん」が溢れていたという。
「当時、前澤さんがハマっていて。ディナーの後にみんなでやるんですけど、『ラリー3000回終わるまで』とか、とんでもないノルマ付きで。冗談じゃなくて、絶対達成するまで終われないんです。1日訓練して疲れ切っていて、『もう無理だ、眠い、できない』と思いながらも、いつもどうにかこうにかやり遂げるんですよね。そのノルマもどんどん伸びていき、最後には1万回ラリーを達成しました(笑)。そのときは、2時間かかったのかな。でも、そういう『やりきる力』こそ前澤友作の真骨頂だと思いました」
宇宙に憧れのない自分の目的とは
「GCTC」での訓練は、序盤はいわば基礎。ミシュルキン船長が合流し、本格化するトレーニングについていくための準備のようなものだという。そして、終盤の訓練はより本格的な実践要素が加わる。宇宙に行くために、11月中旬に行われるISS滞在とソユーズ搭乗の最終試験に合格しなければならない。これが新たな目標となる。
明確な目標があり、業務の一環でもあったことからで、平野は迷いなく訓練に取り組めた。「GCTC」での日々は総じて楽しかったという。
「フィジカルトレーニングのあと、最後に必ずサウナに入るんですが、そこで訓練中の他の飛行士の方々とお話しできたことはいい思い出ですね。出身の話や、なぜ宇宙飛行士になったのかとか、今まで宇宙に何回行ったことがあるか、宇宙はどうだったか、何年トレーニングを続けているか、など。日本からきた民間人に対して嫌な顔ひとつせず、フレンドリーに私たちと接してくれました。みなさんジェントルで素敵な方ばかりでした」
「GCTC」では、ロシアの宇宙飛行士の半数以上がトレーニングを行っているといわれる。平野たちの「サバイバル訓練」や「ゼロGフライト」などのカリキュラムのサポートをしてくれることもしばしばあった。平野は彼らを「マトリックスが全部最大の五角形になっている」ような人々だと称した。
知的で穏やかでフレンドリーで頑健な肉体を持ち、不測の事態に動じることもない。そして宇宙に行く確固たる目的を持っている。それが宇宙に行くべき人なのだ。
「僕は前澤さんに『宇宙行くよ!』って言われて、師弟関係からほぼ反射的に『行けます!』って答えて行くことになりました。1人の人間として自分が宇宙に行く意味をきちんと考えずにそこにいたので、宇宙飛行士の方々と触れ合ったことで、ソユーズのその一席の大事さをヒシヒシと感じてしまって。
宇宙に行った人は歴史上560人くらいしかいなくて、何年も訓練しながらまだ行けていない人もいるんです。しかも、僕より年上の方々ばっかりで、『自分が流れで行っていいのか』と苦しんだこともありました」
そこから脱することができたのは「重いポジションは前澤さんに任せるしかない」と割り切ることができたから。宇宙に行くキーパーソンになる必要はないのだ、と。
「自分が後付けで宇宙を大好きになるのは違うし、『昔から宇宙に行きたかったんだ』って思い込むのもウソだし。自分にしかできないことに集中する。そこを落としどころにしようと思いました。
つまり、これまで撮れなかった映像や写真を撮り、『前澤さん1人じゃなくて平野がいたから可能になったんだ』っていう成果物をどれだけ残すことができるか。“宇宙を目指した2人”ではなくて、旅行者と記録者のタッグなんだっていう、そんな立ち位置の話を前澤さんともしました。『前澤さんの横にいる人って、なんかいつもカメラ持ってるよね』って見られたほうがやりやすいねって」
結局のところ、そもそもの役割に立ち戻っただけなのだが、でもそれは半年間の訓練の中で、平野自身があらためて自分の意志で掴み取ったリアルな立ち位置なのであった。
発射まで約3週間。「ここへきてようやく宇宙に行く実感が湧いてきました」と平野は言った。