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2010年、詩人・吉本隆明が「人はなぜ?」を語る。聞き手:糸井重里 〜前編〜

御年85歳。吉本隆明さんは今でも執筆、言論活動を続けています。いつでも変わらぬ姿勢で思想し言葉を紡ぎ出す吉本さんのことを糸井重里さんは“本駒込の富士山”と呼び、吉本さんのご自宅に幾度となく足を運び、問答を繰り返してきました。吉本さんと糸井さん、2010年最初の問答のテーマは「人はなぜ?」。2人の言葉の中にその答えがありました。

Photo: Kazumi Kurigami / Text: Ito-soken

聞き手:糸井重里(コピーライター)

糸井重里

吉本さんのおうちにお伺いするときには、いつも何も準備をせずにお邪魔するんですが、今日は少し考えてきました。今回、「人はなぜ?」という問いの答えが、吉本さんが今まで考えていたことの中に見つかる、という特集を作りました。

“問うこと”って、人間がもともといちばん好きな、人間らしい行為で、人間の歴史は問うこととともにあったんじゃないかと思うんです。そういう“問答史観”のようなものが僕の中で生まれたきっかけは、かつて吉本さんが、歌の成り立ちは問答の形を取っている、というお話をしてくださったからです。

吉本隆明

はい。はい。

糸井

問答じゃなかったら歌は始まらなかった。もしかしたら、歌だけではなく、あらゆる物事がそうだったんじゃないでしょうか。疑問に思って“問うこと”、そしてそれに“答えること”。その繰り返しが人の歴史だったんじゃないかな、と。

吉本

なるほど。

糸井

“問う”があり、“答える”がある。吉本さんもまさしくそういう人生を送っていらっしゃいますよね。

吉本

“問う”ということがあれば、答えは半分やってもらったようなもので、“答える”ことが易しくなるんです。それに、“問う”ことがなければ、“答える”だけがこっちにある、という状態は、成り立ちませんから。

糸井

“問う”人は、答えを聞いている最中にも、自分が問うた責任がありますよ。そのとき、問うた人は一緒に答えを探す人になりますもんね。

僕が、吉本さんのところでお話を聞いていて、面白いなあ、と思うのは、答えをいただいているときに、どこかへ一緒に連れて行ってもらっている感じがすることです。そして、そこの道に踏みこむとまた新しい“問い”が生まれちゃう。

そのときにわからなくても、何年か経ったら急に自分の“問い”とつながったりして。そんなことの連続が楽しくて仕方ない。一体、人が“問う”ということは何なんでしょうね?(笑)

吉本

どう言ったらいいんでしょうか……。要するに、半分なら半分わかるんだけど、あとの半分を聞いているんだよ、と言われている感じがします。だから、半分だけ、その“問い”に沿うように言えば、“答え”になるだろう、と思いますね。

糸井

すると、この国の情勢をどうすべきか、という情報処理的な質問と、自分の中で考えていることを聞く質問とは、意味が全く違いますね。

吉本

違うと思います。

糸井

この国の情勢をどうすべきか、という質問だと、答えがわからなくて聞いてくることが多いですよね。

吉本

でも、全然わからないか、と言われれば、そういうことはなく、少しはわかっているかもしれません。少しはこう思っているんだ、というのがあって聞いていると思います。

その情勢についての“問い”に答えるとすれば、一番参考になるのは、戦争直後、アメリカ進駐軍が行ったことですね。軍政局で、アメリカ側から日本のことを見ている日本通が何人かいて、日本における日本通と話し合いをした上で、問題を解決していました。

その結果、損したとか減っちゃったとか感じないぐらいの割合で、年間所得をある基準以上持っているやつから平等にお金や土地を取り上げるということをやりました。僕はそれが印象深くて、今でも覚えています。その流れで、当時、産業として、農業は今よりも主体的なものだったから、小作農はみんな自作農に変えてしまう、ということをした。

糸井

みんなが自分の土地をもらう。

吉本

鮮やかでわかりが良かった。

糸井

そんなこと国内だけでは、できっこなかったですよね。

吉本

今だって同じですよ。反対の出ない範囲で、これ以上持っているやつは全部出せと出させて、それを分けちゃえばいいんです。僕は政治家になりたいと思ったことはないけど、空想すれば、それだけですよ。本当はそういうことが最初に来るといいんです。でも、大抵、一番後に残すんですよね。

糸井

やりにくいからですよね。

吉本

それは間違いだし、現実と照らし合わせてみると反対ですよ。本当は最初に問題にすべきで、これだけをハッキリさせておけば簡単なんです。

そう簡単に金を出すやつがいるか、とか、言い出したら切りがない。言い出そうが、何しようが、これだけは強権発動する。それができたら普通に大部分にケリがつくんですよ。

糸井

なるほど、確かに。

詩人・吉本隆明

長い年月で築き上げてきた
人間の形は変わらない。

糸井

今の話もそうですが、吉本さんとの問答で感じるのは、一番単純な形と比べて、それをものさしみたいに当てて、答えていらっしゃることが多いですよね。

以前、「ITが進化したらどうなるか?」と論じられ、社会が変わる、人間が変わるって大騒ぎしているとき、吉本さんが「そんなものは変わりゃしないんだよ。人間の形が変わらないんだから」とおっしゃって、その答えが愉快だったんですよね(笑)。

吉本

はい、言いました。

糸井

長い年月をかけて築き上げてきた人間の形は変わらないということだけで、あたふたしない考えを明確にされた。一体、原型みたいなものがどこにあるのか、というのをいつでも引っ張り出してきて、それと比べる。それは一つの方法ですよね?

吉本

そうだと思います。さっきの分け与える話をもっと言うんだったら、こうも言えます。

3人の友達で、自分たちの意見を誰にも妨げられず入れるという同人雑誌を作るとします。金は足りないから、1ヵ月にいくらか決めた金額をみんなで平等に出し合って、1冊できる額が貯まったら始めるとする。

それがうまくいくと続く。ダメだったらやめる。こういうやり方をしている中で、3人のうち1人が失業しちゃうとします。「お金がなくて平等に出せないから、やめさせてくれ」と言い出す。すると、ほかの2人で出せるときまで2人で出す。ただそれだけなんです。原則はとても簡単。

糸井

3人を1億人に広げて考える。

吉本

そういうこと。桁違いになれば桁違いなんだから、考えなくてよい。

糸井

まずは3人のまま考える。

吉本

そうです。桁違いのことは外して考えればいい。アメリカの不況のことだって影響は被りますけど、ほかの国でも影響を受けるわけですよ。だから、桁違いだと思って、知らんぷりする。すると自由に自分たちでやるということには差し支えない。桁違いなことまで、自分たちで抱え込む必要なんて何にもないんです。

糸井

実際、ヨーロッパの小国はそうですもんね。

吉本

そうだと思いますね。そういう考え方は変わりません。何が大事なのか、そんなことはわかりきっている。最低限生活できるだけのお金があれば、最低限みんな大丈夫。あとは、それぞれ、能力とか勤勉さとか、いろいろある。

それでもって稼げばよくて。僕の考えだと文句は出ないはずなんですよね。分けるときに平等性が存在する限り、同じ仲間から、文句が出ることはないというのは、大原則ですよ。

仲間から文句が出ない限り、大勢から文句は出ないと考えて、まず間違いないです。最初から大きなことで混乱して論議するというのは、僕みたいな簡単主義者からすると滑稽ですよ。

糸井

そうか、吉本さんは簡単主義者だったんですね(笑)。

吉本

簡単主義者ですよ。若い頃、同人雑誌のこと以外考えてなかったですもん。気心の知れたやつと同人雑誌をどう作るんだって、金を少しずつ蓄えて、出せるようになるまで貯まったら、よし、やれ、って。あと方針が必要で、それも、簡単な方針でいいんですよ。

で、べらぼうに大きくするということになると、それは次元が違うから、次元が違う問題を入れると、必ず失敗するから、それは考えない。

糸井

なるほど。今の問題っていうのは「情勢がどうなるのか」の前に「これから、国をやるには、どうやっていけばいいですか?」という“問い”に答えるということですよね。

吉本

そうです。そうです。

糸井

「どうなっていくんでしょう?」ではなく、「私がいる主人公の国をどうしたらいいでしょう?」という場合には、今の答え以上の答えはいらないですよね。

吉本

はい。いらないです。

コピーライター・糸井重里

唯心論も唯物論もない。
それは両方必要である。

吉本

自分が知っている範囲の中で、うまくいくためには、これぐらいを限度にしないといけないとか、これ以上、いくら人が増えたって、勘定に入らないと考える。これは僕らが同人雑誌をやったときに、全部知りました。

糸井

吉本さんの唯一の実践がそれだったんですね。

吉本

そうなんですよ(笑)。僕は実践家でも政治家でもないし、単なる理念家でもないんです。

糸井

思想者とおっしゃいますよね。思想者がやっていた唯一の実践は、同人雑誌と『試行』をやっていたことなんですね。

吉本

それしかない。例えば、部数は3000部と決めたら、6000部売れるから、6000部欲しいと言われても、冗談じゃないって言って、卸さなかった。必ず3000部以下。

糸井

それは吉本さんには珍しい実践のテクニックですね(笑)。勉強して覚えたわけではないですよね。

吉本

考えたんです。

糸井

自問自答の形ですね。

吉本

そうですね。

糸井

そう考えた吉本さんの思考のプロセスというのは、どうだったんですか?普段の考えとは違って、人の心について、思考されてます。

吉本

そうですね。そこには少し心の問題が入ってます。僕は唯心論も唯物論もヘチマもない。それは両方必要なんだから。間違いなく。

糸井

売り場のおやじとお客と自分との、3つの心の駆け引きですよね。

吉本

私は進歩的な人だからといって、特別扱いはしませんというのが、売り場のおやじの唯一の言い分。そんなこと俺らも同じだから、「6000部ください」と言われても、半分しか売らない。

均すと言ったら変だけど、平等に多くは出さない。それだけは守るわけです。同人雑誌ならそれでうまくいく。原則は同人雑誌も一国の政治もそんなに違うわけねえ、とやったこともないくせに、思っていますからね。余計なことは余計なこととして考えればいいんです。

だから、僕が思うに、鳩山由紀夫という人が、今やろうとしていることを、「そんなうまくいくか」とか言わないで、ゆっくりと静かな革命をしようとしている、と正直に捉えてあげてもいいんじゃないか、と思いますよ。それだけの能力はあると思いますし、民主党には、それだけの人材はいると思うんです。

一見、革命と見えないような形でそれをやろうとしている。やり方がまずい以外には失策はないと思います。それに、とてもいい時期だと思いますから、やればいいのに、と思いますけどね。

気後れすると、よりラディカルなことを言う政治党派か、保守派の大企業みたいな資本家、どちらかに偏りやすいんですけど、だけど両方に偏らない。そのあたりはうまくやっていくと思いますけどね。危惧もたくさんありますよ。

あんなに善良で、気が強くない人が、そういう風に頑張れるかな、と。でも、粘り強く、自分たちの思うことを貫いてくれたら、静かなる革命が成就すると思っていますけどね。なんで、僕がそんな思い方をするかと言ったら、同人雑誌と同じなんです。欲張らないことなんです。

糸井

本当に、一番わかりやすいのは、静かに消費税が上がっていって、分配のやり方が変わること。そうすれば、素直に変わるはずですよね。

吉本

あと、この状況になったのは現在の日本の中で、どこが一番肝要なのか、という答えを、民主党が持っていたからじゃないでしょうか。民主党に潜在しているものや活用できるものを活かせなければ、ほかのどこの党にもできないでしょう。

僕はその程度には民主党を信用しているんですよ。まだどうなるのかわからないけど、ゼロで終わるということはないから、少しはやるんじゃないかな?

糸井

だと思いますけどね。

詩人・吉本隆明