やさしさの、 クロニクル。
あらゆる「やさしさ」の最終形はやはりあの人。
BRUTUS
ではまず、1970年代末〜80年代の「やさしさ」から。
西森路代
まず思い浮かぶのが漫画『キャンディ♡キャンディ』に登場するアンソニーとテリィ。アンソニーはやさしい王子様タイプで、テリィはやさしいツンデレタイプ。
実は、数多くの韓流ドラマがこの漫画のキャラクター像に影響を受けていて。『冬のソナタ』もそうなんです。ヨン様(ペ・ヨンジュン)が演じた二役はアンソニー+テリィ。
BRUTUS
ああ、なるほど。確かに!
西森
あと、デビューした頃のトシちゃん(田原俊彦)はやさしさをキャラとして押し出したアイドルでした。声の出し方もマイルドだし、笑い方もいいなあって(笑)。
本人がやさしいかどうかは関係なく、そう見えていた。世の中、やさしさの輪郭がぼんやりしていて解像度がゆるかったんです。ジャッキー・チェンも親しみやすいから「やさしい」。ユン・ピョウとサモ・ハンの中で「やさしい」担当みたいな。
よシまるシン
ゆるいですね(笑)。
BRUTUS
一方、チェッカーズとか吉川晃司とか、一見すると「不良」な人が人気の時代もありました。
西森
トシちゃん的やさしさからの逆振れですよね。しかも、吉川晃司以降、アイドルではなく「アーティスト」が人気を得るようになり。バブルの盛り上がりとともにやさしさが見えにくくなっていった感も。
BRUTUS
とすると、その頃の「やさしい」界隈を支えていたのは……?
西森
仲手川良雄でしょう(笑)。
BRUTUS
山田太一ドラマ『ふぞろいの林檎たち』の主人公・仲手川。
西森
中井貴一演じる仲手川はやさしいんです。でも、とっても優柔不断で、やさしくしようとすると裏目に出てしまい人を傷つけてしまう。
BRUTUS
倉本聰のドラマ『北の国から』の吉岡秀隆演じる純君もそうでした。
西森
あの時代、「やさしい」は旗色が悪かったですね。「軟弱」と思われていたし、割を食っていた。
BRUTUS
おしゃれじゃないし、ダサいものだったかもしれないですね。
西森
あと、「やさしい」といえば、ウッチャンナンチャンも。彼らは、ビートたけしとかとんねるずとか、それまでやさしくなかったお笑い界では異質。攻撃的なお笑いとは一線を画してました。ウッチャンはジャッキー・チェン好きだったし(笑)。
BRUTUS
そして時代は90年代へ。初頭はバンドブームがありましたね。
西森
やさしいバンドっていたのかな……。
あ、〈たま〉?
BRUTUS
小学生にも大人気でした。
よシまる
僕は、「やさしい」とは思わなくて、狂気を孕んだバンドだなって。でも、見た目や歌声で「やさしい」フィルターがかけられると、それこそ輪郭が曖昧になり、大衆に受け入れられやすくなるんですかね。
BRUTUS
ちなみに、バブル崩壊の91年にヒットしたのが槇原敬之「どんなときも」。映画『就職戦線異状なし』の主題歌でした。
西森
織田裕二が演じていたのが仲手川タイプの優柔不断な若者。ドラマ『東京ラブストーリー』のときの永尾完治もそうでしたけど。
BRUTUS
「やさしさ=優柔不断」ですか。
西森
「やさしい」が肯定的に捉えられるようになったのは、実は草彅(剛)君からだと思います。91年デビューのSMAPは木村拓哉から順番にスポットライトが当たっていき、全員が主演を張るスーパーアイドルへと成長しましたが、草彅君の「やさしさ」がフィーチャーされたのは最後でした。ドラマ『いいひと。』で主演したのは97年でしたから。
BRUTUS
やっぱり、後回しにされてしまうんですね、やさしさは。
西森
それまでは、優柔不断であるがゆえに人を傷つけてしまうのが「やさしい」とされがちだったのが、そうではない、肯定的な男性像が示されたのが『いいひと。』。
ただ、いわゆる「男らしい」人ではなく、優柔不断ながらもやさしい男性に焦点が当たるようになってきたのは漫画家・柴門ふみの功績が大きいと思う。『東京ラブストーリー』はもちろん、『同・級・生』『あすなろ白書』。
BRUTUS
時代の空気を敏感に感じとっていましたよね。
西森
でも、そのときに柴門ふみが「やさしい」人の代表として挙げていたのが若花田だったんです。
一同
あはははは(笑)。
BRUTUS
確かに、若貴兄弟といえば、やさしい兄弟というイメージでした。
西森
あと、古田敦也と中井美穂カップルもいて。中井美穂は『同・級・生』にも出てましたね。この2人もやさしそうなカップル。
よシまる
その流れで、羽生善治、武豊も思い出されます……。
BRUTUS
のんきな時代です(笑)。じゃあ、「渋谷系の王子さま」こと小沢健二についてはどうですか?
よシまる
バンド時代は「意味なんてないさ」と歌っていたのに、「この愛はメッセージ」とはっきり歌うようになって。衝撃を受けました!
西森
人口に膾炙(かいしゃ)しましたよね。筒美京平と曲を作ったり、カローラⅡのCMを歌ったり。しかも「王子」は「やさしさ」の象徴ですね!
よシまる
背中に天使の羽根をつけてチョコレートのCMに出てました。
西森
今も昔もチョコのCMに出ているのは王子の証しですから(笑)。
BRUTUS
そして、小沢健二大衆化とともに『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビシリーズが始まったのもこの頃。
よシまる
先日の庵野秀明×宇多田ヒカル対談で、2人の共通テーマは「自分の“欠落”とどう向き合うか」だと言っていました。
西森
それは言い換えれば、この25年間はずっと何かが欠落した社会だったとも言えますよね。
BRUTUS
紋切り型な言い方ですが、欠落を抱えた人間は人にやさしくあろうとするんでしょうか?
西森
あると思います。欠落があるということは、弱き者の存在に気づける、寄り添えるという可能性はあるのではないかと。
BRUTUS
振り返れば〈ゆず〉のようにギミックのない「やさしさ」を歌うユニットが人気になったのもこの時代。無条件にやさしいものに触れたい、包まれたいという気分があったと。
西森
飯島直子、優香の癒やし系ブームにもそれは如実に表れていると思います。バブル崩壊で負った傷をやさしい女性に癒やされようと、缶コーヒーのCMが癒やし系の女性に切り替わり、女性のやさしさは消費されていったんです。
ここで言っておきたいんですが、今回のクロニクルになぜ女性のロールモデルがあまり出てこないのか。それは今までずっと「やさしさ」が女性のものだと思われていたから。だからここで話題にするのは、「男性がやさしさを獲得する変遷」。
つまり、男が「やさしさ」を獲得することで、男のものでも女のものでもない本来の「やさしさ」に戻っていくのではと。
やさしさのロールモデルは
BTSと星野源。
BRUTUS
さて。ゼロ年代の「やさしさ」といえば。まずは〈嵐〉ですよね。
西森
嵐の登場はめちゃくちゃデカい。たのきんにしろSMAPにしろ、それぞれキャラクターの差異が大きかったんですが、嵐が新しいのはキャラの高低差が減ったこと。
それは決してネガティブな意味ではなく、観る側も送り手側も「やさしさの解像度」が高まったことにより、微細な性質の違いを楽しめるようになったからなんです。メガネを掛けてるからとか、優しそうな顔だからとか、そういうことじゃないんですよね。
BRUTUS
高低差が減ったことで、メンバー間の溝も減り、仲が良いというのもポイントですよね。
西森
仲が良いということは、今やデフォルトになりましたね。
BRUTUS
お笑いもそうです。おぎやはぎなど仲の良いコンビが登場。
よシまる
最近は、反抗期を経験しない若者も多いらしいんですが、親が褒めて伸ばすようになってきたからだそうで。それは、嵐やおぎやはぎにも通じるものがあるのかもしれないですね。
西森
競争に疲弊したのもあるでしょう。競ってても得るものが少ない。あと、「人を傷つけない」と「踏み込まない」は同義なんですよね。
よシまる
このへんから今の時代の雰囲気が始まってるような……。
西森
そして、草彅君の『いいひと。』以降、「やさしい」ことがダサいことではなくなり、出現したのが「ハンカチ王子」ですね。ヨン様ブームと同じぐらいの頃だったからよく覚えているんですが、「ハンカチ持ってる野球選手がいる!」っていうだけで、王子さまと崇められて。神聖視されすぎるのも大変ですよね。
よシまる
その現在の進化形が大谷翔平かもしれないですね。しかも世界的な規模で愛されている。
BRUTUS
ちなみに、現在の女性アイドルたちの雛形となったモーニング娘。についてはどうですか?
よシまる
オーディション番組で「負けた人たち」を集めて作ったのがモー娘。ですよね。
西森
それを言うと、CHEMISTRYになれなかった人にHIROが声をかけてEXILEができた。長らくEXILEって「ヒゲで色黒でマッチョな人」と思われてるけど、今のEXILE TRIBEは半分以上が優男。TAKAHIRO加入以降、どんどんやさしい見た目になっているんです。
BRUTUS
日焼けなんてもうしない。
よシまる
そういえば、BTSもそういうところがあったんですよね。
西森
メジャーな事務所じゃなくて、新興の事務所のアイドルだったんです。それに活動をする中で、時代に寄り添ったやさしさを身につけていったし、アメリカでの活動を通してマイノリティとしての視点も持った。だから、大坂なおみもそうですが、自分たちの場所から全世界に向けてメッセージを出せるんです。
BRUTUS
最後に。2021年、今のやさしさの象徴は誰だと思いますか?
西森
星野源でしょうね。よき家庭人になったし、日本を代表するポップスターになったことで、多様性というものを考える姿勢で活動しようとしていますよね。
よシまる
「ポップスター」としての覚悟のようなものを確かに感じます……。
西森
でも、これが今の「やさしさ」のスタンダードなんでしょうね。