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漫画家・しまおまほの“やさしさ”論「本当のやさしさはコンペイトウみたいにシンプルなもの」

やさしさに正解はなく、それぞれが自分なりの答えを育てていく。しかし、時に他人の考えを知ることは、自分の中の“やさしさ”を再発見し、進化させる契機にもなる。しまおまほが考えるやさしさの定義とは。

Photo: Shota Matsumoto / Text: Izumi Karashima

若い頃は「自分にも他人にもやさしくなかった」と振り返るしまおまほさん。

「“やさしさ”を履き違えていたんです、30代ぐらいまでは。なまけることや甘やかすこと、他人に歩調を合わせることがやさしさだと思っていて。だから、人のためだと思って、自分の時間を割いて、自分に労を課して、結果、自分自身のことがままならなくなってしまって相手に対しても中途半端になってしまう。“やさしさ”って自分をケアすることで生まれてくるものなんだなって」

それは自分自身が母親となり、子育てをする中でわかってきたこと。しまおさんの一人息子は現在6歳。今年「年長さん」になったそうだ。

「あるとき、保育園の先生が言ってたんです。雑誌の仕事をしている親が、子供が荒れる時期が頻繁にあって、どうしてなのかと自分のスケジュールを振り返ってみたら、決まって荒れるのはお母さんの〆切前だったって(笑)。確かに、自分もそう。子供にやさしくやさしくと思うと、つい、自分のことを後回しにしてしまうから、するとそれでどんどん仕事が溜まってしまい、自分がカツカツになっていくんです。寝る時間は乱れ、部屋も汚くなっていって。

そうなると自分もイライラしてくるし、子供にもそれが伝わってしまう。しかも、そういうときって、自分ができないばっかりに、子供のかわいいところに依存してしまったり、癒やしを求めてしまったりしがちで、子供にとっては重い負担になっていく。結局、自分がしっかりしてないと人にやさしくなんてできないんだなって。

だから、前もって仕事の準備をしたり、スケジュール管理を昔よりはちゃんとするようになりました。まずは、自分をちゃんと整えることがやさしくなることでもあるんだなって。まあ、〆切は相変わらずズルズルしちゃうけど(笑)」

そして、しまおさんは言う。やさしさは、そういった「日々の生活の延長線上」にあるものではないか、と。

「やさしさって、すぐに到達できたり、ポケットから簡単に出てくるものじゃないんじゃないかな。こうだからハイやさしい、ということじゃないはず。ただ最近思うのは、“クズ芸人”っていま流行ってるじゃないですか。

エッセイスト、漫画家・しまおまほ

“正しくないこと”がすぐに炎上する世の中なのに、ギャンブルにハマりまくって借金を返さないような人が逆に人気があって。それって、みんなのやさしさの自負なんじゃない?って。そういう人も許容できますよ、やさしいでしょって。もしかすると“やさしさの最短距離”で支持されてるのかもって思ったり。

いや、私もすごく好きなんですよ、空気階段のもぐらの笑顔、最高ですよね(笑)。でも、やさしさって、人にそう思われたくてするものでもないし、巡り巡って戻ってくるものだとしても、それを期待するのも違う。生活の細部に宿るもの。純粋なやさしさって、テントウ虫を葉っぱにのせてあげるみたいな、とっさの行動に出るもので。コンペイトウみたいに不純物のないシンプルなものじゃないのかなって」

コンペイトウのようなやさしさ、とはけだし名言。人間関係も利害関係も情も介在しない純粋な、そしてキラキラとしたやさしさ。そう、それは例えば、スーパーボランティアの尾畠春夫さんのようなものかもしれない。

「そうかも(笑)。困っている人がいる、じゃあ俺が行く、そういう単純なことだと思うんです。フィールドにゴミが落ちていたら反射的に拾う大谷翔平とかね。何かを期待したり、見返りを求めたりしない、それが純粋なやさしさなんだろうなって。そういう意味でいうと、家族のやさしさってそういうものなんじゃないかなって思うんです

昔、父と母と3人で暮らしていた頃、3枚パンを焼くと、母はよく焼けたパンを必ず私にくれるんです。私が焦げたところが好きだから。かた焼きそばのときもそう。必ず硬く焦げたところを私にくれる。それって、やさしいですよね(笑)。混じりっけのないコンペイトウのやさしさ。自分がどう思われたいとか、こうしたらやさしいんじゃないかとかまったくなく、焦げたところは私にって」

じゃあ、しまおさん自身は息子さんに対してどうなのだろう。無意識にお焦げを渡すようなことは?

「うーん、まだまだかなあ。食べ物とか取り合いますもん。息子がいないスキにおいしいものを食べるとか、日常茶飯事。自分の好物とか絶対に明け渡したくないですよ。無言でお焦げを渡せるような域には達してないです、私は」