柳下毅一郎の「2026~27年の話題作を先取り!山形国際ドキュメンタリー映画祭2025巡礼」

2024年、ドキュメンタリー映画として異例の大ヒットとなった『どうすればよかったか?』をご存じだろうか。統合失調症が疑われる姉を弟である監督が20年にわたって撮り続けた作品なのだが、前年の『山形国際ドキュメンタリー映画祭2023』で「あれ、観た?」「とんでもなかった……」と大きな話題を呼んでいた。国内外から作品が集まるこの映画祭は、今後公開される話題作を先取りできる場所でもある。そこへ通い続けて30年(!)という映画評論家の柳下毅一郎さんが先日開催された2025年の“ヤマガタ”をプレイバック。

text: SIDE B

“なんじゃこりゃ”“とんでもなかった”作品ほど当たる!?

「とんでもないものを観てしまった、と打ちのめされるのが山形の醍醐味。中国のワン・ビンの『鉄西区』が上映されたときは、9時間の映画がある、これ観たら一日終わりじゃん、なんて言いながら観て、いや本当にすごかった……って。

今回の大賞に選ばれた『ダイレクト・アクション』も3時間半。そもそもは空港建設に反対するフランスの環境アクティビストたちを追いかけてたんですけど、そのうち彼らはその場所で自給自足の農民になってしまう。

『ダイレクト・アクション』
『ダイレクト・アクション』
フランスで最も過激な社会活動家集団ZADの環境破壊反対運動に密着、が、途中から彼らは自給自足の生活を始める……。

ひたすら畑を耕し、パンを作り、木を伐採し、子供の誕生パーティをする牧歌的な暮らしに。と思ってたら、最後に水道の民営化反対運動が起こりいきなり闘争が始まってしまう。空港反対運動から農業に至るプロセスはこの映画祭の提唱者である小川紳介監督の『三里塚』シリーズもそうだったわけで、山形でこれが評価されるのは当然だと言えるかもしれません(笑)。とにかくアクション(実践)あるのみです」

コンゴの首都キンシャサの洪水と停電による闇の中の生活を描いた『終わりなき夜』の物語も非直線的に、そして横滑りしていく。

『終わりなき夜』
『終わりなき夜』
コンゴ。始終ほぼ暗闇の首都キンシャサを見て、ほぼ光の日本を思う。

「ナレーションも説明もないので、事情がさっぱりわからない。停電といっても朝昼くらいは明るそうなのに全編ほぼ暗闇。何ヵ月も胸まで水に漬かってるんだけど、それもう洪水とかってレベルじゃないんじゃないか?沼の中に家建ててない?そんな中ひたすら神に祈りを捧げつつ、町内会で文句言いながら電気を回復するためのお金を集めてたら、電気ケーブルを開通させようとした男性が感電死してしまう。日本では想像もつかないことが次々と起こる。ドキュメンタリーの良さって、自分の知らなかった現実を見せつけられる、認識を更新させられることだと思うんです」

やはり世界はつながっているのか、同じ問題を描いた作品が集まることも。「フランスの海外県であるグアドループの都市ポワンタピートルが舞台の『彷徨う者たち』を観ていたら、あ、これ、大阪・釜ヶ崎の『Ich war, ich bin, ich werde sein!』と同じじゃないか、スラム街の再開発で訳アリの住民が邪魔者になって追い出されていく話なんだ、って。

『彷徨う者たち』
『彷徨う者たち』
ジェントリフィケーションが進むグアドループの出身である監督が、約5年の歳月をかけて撮影。
『Ichwarichbinichwerdesein!』
『Ich war, ich bin, ich werde sein!』
タイトルはローザ・ルクセルブルクの言葉から。大阪・関西万博開催を控え、漂白されていく街と人の言葉に耳を澄ます。

前者は薬物中毒のラッパーや元キューバ革命の闘士たちが、後者は街の路上生活者たちが出てきますが、どちらに出てくる人もわりと話を“盛る”という共通点も。結局、たやすく説明や理解をさせない、歯応えや強度のあるドキュメンタリーほど観られるし長く残ると思うんです。ちなみにこの映画祭は作品ごとにチケット(1,000円台)を買えば誰でも観られます。実際、観客の半分以上は地元の人。

こっちの人はおしゃべり好きで、気がつけば周囲の関係者や客と知り合いになってて、また次回のヤマガタでね、なんてことも。読者の方々も次回(2027年秋)は現地をぜひ訪れてみてほしい。そこまで実践(アクション)してこそドキュメンタリーです、なんて」

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