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怪談界の帝王・夜馬裕が浮かび上がらせる闇

過去には雑誌の記者やライターの仕事をして、現在は科学系出版社で働く傍ら、副業として怪談師としても活動している夜馬裕氏。4000話ものストックから引き出される幾重にもオチが用意された予測不能な怪談、そして独特の語り口が多くの人を惹きつける。いまや怪談界の帝王の異名も持つ彼から怪談の極意を聞き出した。

photo: Junmaru Sayama / text: Tetsu Takasuka

熱のこもった体験談を聞くことに夢中に

——夜馬裕さんが怪談を集めるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

夜馬裕

子供の頃、とにかくオカルト全般が好きでした。幽霊だけでなく、未確認生物やUFOなど不思議なものには何でも興味があって、そうした本を読み漁りました。でも、大きくなるとそこに書かれていたことのほとんどがお金目当てに作り出されたインチキだったことがわかるわけです。それで僕の中の不思議なものに対するロマンは消えていってしまった。

しかし、大学生になって演劇サークルに参加したり、ゴールデン街でお酒を飲んだりするようになり、他人と深く話をする機会が増えると、いろいろな人から不思議な体験談を聞くことが多くなったんです。彼らは“信じられないけれど本当の話だから!”と真剣に体験談を語る。“あのUFOの写真は偽物だった”というような話と違って、熱のこもった体験談を聞くのはとても面白かった。それから趣味で怪談を集めるようになりました。

——怪談のストックは4000話を超えるそうですが、それほどの数をどうやって集めたのですか?

夜馬裕

僕は基本的に時間とお金は体験に使うことにしているんです。ですから、飲み屋で貴重な体験を聞かせてもらったらお酒を一杯奢る。そうすると、変わった体験を話せば奢ってくれると思った人がどんどん話してくれるんです。

仕事で地方へ出張する機会も多かったのですが、そういう時はいつも地元の人が行くような安い飲み屋に足を運びます。そこで自分からまずは一つ怪談を披露する。すると、店員さんや常連さんが自分の体験を話してくれる。そこでやっぱり奢ってあげるとみんな次々に話を聞かせてくれるんです。いいネタを話してくれると少額ですが謝礼を払うこともあります。

今までいろいろな職種の人に話を聞いてきましたが、面白いことに不思議な体験談を持っている割合が一番多いのが陸上自衛隊の方で、次に看護師の方です。たまたま飲み屋で看護師のグループと出会ったりすると、テンションが上がります(笑)。

ゴールデン街ホラーズの夜馬裕
ゴールデン街を拠点に、怪談ユニット「ゴールデン街ホラーズ」としても活動している。

あえてラフに話すことでリアリティが生まれる

——そうして集めた膨大な怪談のストックをどのようにして管理しているのでしょう?

夜馬裕

怪談を集め始めた当初は面白かった話だけメモに残していました。大学生の頃は小説家志望だったので、練習として怪談を文章に起こしたりもしていましたね。卒業後、出版社で取材する仕事に就いてからは、レコーダーを常に持ち歩くようになり、それを使って体験談を録音するようになりました。

怪談師として活動するようになった頃には、音声ファイルの数が3000を超えていましたね。メモや音声ファイルは、話の長さなどで分類して記号を振って管理しています。

——そのストックの中から、怪談会で話すネタや配信で話すネタを選ぶのは大変そうですね。鉄板ネタなどはあるのでしょうか?

夜馬裕

僕は元々、持ちネタが多いので、なるべく新しい怪談を披露したいと思っています。イベントや収録のたびに、ひとつは新しい話をするのが売りみたいなところがあって。YouTubeで配信された話やDVDに収録された話など、広く知られるようになったネタはあまりやらなくなるんです。

——夜馬裕さんのリアルな語り口も多くの怪談好きを惹きつけているように思います。語り方の秘訣のようなものはあるのでしょうか?

夜馬裕

基本的に話す練習はしません。練習するのは時間の制約がある時くらいですね。語り口もイベント会場の場所や雰囲気によって変えています。噺家のように流暢に語るだけでは、怪談としてのリアリティが出ない場面もあるんです。

たとえばテレビで芸人さんが面白いエピソードを話す時、自然な語り口だからこそ面白いことってあります。怪談もそれと同じで、あえてラフに語ることでエンターテインメントになる場面があるんです。

僕は怪談を語ることで霊魂の存在を証明しようとは思っていません。あくまでもひとつのエンターテイメントとして怪談を楽しんでもらいたいので、状況に応じて語り口をどう使い分けるかは大切にしています。

ゴールデン街ホラーズの夜馬裕

徹底した取材と巧みな構成が怖さの秘密

——夜馬裕さんの怪談は、終わりかと思いきや、さらにもう1つ、もう2つオチが用意されているなど独特の構成の話が多いように思います。どのように構成を組み立てているのでしょうか?

夜馬裕

怪談の構成についてはすごく考えていますね。時系列を入れ替えたり、あえて大事なところを後に持ってきたり、展開を工夫するのは得意な方だと思います。体験者にじっくり取材することも重要です。生い立ちや家族の話、これまでの恋愛経験、どんな仕事をしているのかなど、人によっては失礼だと言われるくらいのところまで聞きます。

怪談とは直接関係のないそうしたことまで時間をかけて聞き取ることで、最後に“あなたがずっと見ていた黒い影って、お父さんの愛人の幽霊なんかじゃなくて、早く父親が死んでほしいと思っていた、あなた自身の生霊だったんじゃないですか?正直、父親とはいえ、亡くなった時に自業自得だって思いませんでしたか?”なんて体験者に聞くと、“そうかもしれませんね”と返ってきたりするんです。

体験者自身が気づいていなかったことや、逆に隠しておきたかった感情を掘り起こして、それを話のオチに持ってくるということもよくやります。

——夜馬裕さん自身もいろいろと不思議な体験をされて、それを怪談として語っていますね。

夜馬裕

目の前で一瞬で人が消えたという体験をしたことがあります。また、バーで酔い潰れて寝てしまって、起きたらすでに廃業したお店の中に独りでいたということもあります。

僕自身もそうした不思議な体験をしているので、体験者の話を聞く時もそういうことはあるんだろうスタンスで聞いていますが、一切の疑いなくそれを信じて語ってしまうとそれは宗教や思想に寄った話であり、エンターテインメントではなくなってしまうと思うんです。ですから、自分の体験も含めて、そうした現象が何なのかはあまり考えないようにしています。

ゴールデン街ホラーズの夜馬裕
「怖い体験談だけでなく、珍しい仕事をしている人の話などを聞くのも大好きです。とにかく人から面白い話を聞くことが好きなんです」

人間の負の感情をエンタメに落とし込む

——無数の体験談を聞いてきて、ご自身でも不思議な体験をされている夜馬裕さんにとって“怖さ”の本質はどこにあると思いますか?

夜馬裕

見えて来ないものへの恐怖と、それが見えて来た時の恐怖というものがあると思います。ただ見えないだけなら怖くないんです。例えば、自分に幽霊が取り憑いているだけでも十分怖いですが、誰かに恨まれているせいだと知ったらもっと怖いですし、その正体が、普段仲良くしているはずの奥さんの生霊だったりすると、震え上がるほど恐ろしい。

僕は怪談の中になるべく人間の悪意のようなものを織り交ぜるようにしているんです。ただそこにいるはずのない幽霊の姿が浮かび上がるよりも、それに伴って人間の負の感情が浮かび上がってきた方が怖い。

人間の負の感情なんてSNSを開けばいくらでも見ることができますが、怪談がそれと違うのは、やはりそこに物語性があってロマンがあることだと思います。人間の負の感情をエンターテインメントへ昇華することで、聞く人の心を癒したり、どこかデトックスされた気持ちにすることができるんです。

——最後に、夜馬裕さんはご自身のYouTubeチャンネルやポッドキャストを運営されていませんが、それには理由があるのですか?

夜馬裕

本業も続けていますから、ただ忙しいだけです(笑)。動画編集をする時間なんて取れないですから。それよりも書籍という形で怪談をまとめる作業を大事にしていますね。ゆくゆくはYouTubeなどでちゃんと配信して、自分の怪談をアーカイブとして残したいという気持ちはあります。