家族の健康を考えた、家庭で手軽にできる中国料理を紹介するウー・ウェンさんは、料理をしない男性でもすぐに作れる3品を提案。中国の医食同源の思想に則った、朝の体をスムーズに目覚めさせる、体も気持ちも嬉しくなる朝食セットだ。
松浦弥太郎
ウーさんとは『暮しの手帖』での仕事で出会ったんですよね。料理に対する考え方に感動して、それから大好きに。
ウー・ウェン
新聞のコラムに私のことを書いてくださいましたね。私の言いたいことをこんなにわかりやすく表現できるんだって、私もすごく感動したんです。
松浦
料理は技術ではなく愛だというのを教わりました。
ウー
家庭料理は愛ですから。今回の朝食も愛情たっぷりです。
新タマネギを
丸ごと煮たスープ
ウー
中国ではネギは香味野菜ではなく、主役の野菜なんです。今は新タマネギがすごくおいしい。普通のタマネギより煮る時間が短縮できるし、この時季しか食べられないからこそ、朝ごはんに取り入れたい。(1)新タマネギの皮を剝いて、鍋に入れます。
松浦
1人1個ですか?
ウー
いくつでもいい。2、3個すぐに食べられちゃいます。(2)鍋に水を入れます。鼻歌を歌いながらでもできちゃいますよ。
松浦
水の量は?
ウー
タマネギが半分隠れる程度の量を入れてください。
ウー
(3)火をつけます。最初は強火、沸騰したらフタをして弱火にして20分煮たら出来上がりです。
松浦
調味料は?
ウー
食べる時に塩、コショウをします。コショウは粒のものをつぶした方がおいしいです。
松浦
手間だけどシンプルなだけにおいしくなる秘訣ですね。
ウー
私はいつもキッチンペーパーに挟んで棒で叩いてつぶします。食べる量だけでいいです。
中国風フォカッチャ
ウー
新タマネギを煮ている間にパンを作りましょう。普通の小麦粉でもいいですが、今回は全粒粉で。
(1)粉200gにドライイースト大さじ1を入れます。次にイーストの発酵を助ける役のグラニュー糖大さじ1を入れ、味つけの塩を入れます。そして、香りをつける花椒粉を少し。
松浦
これらは一度に入れていいのですね。
ウー
ばばばっと入れてください。
ウー
(2)そして、3回に分けて水を入れて菜箸で混ぜ合わせます。
水は一気に入れると水分を吸収するところとしないところのムラが出るので少しずつ。水を入れる時は混ぜず、入れたら混ぜるを繰り返します。
松浦
だんだん水分を吸っているのがわかります。
ウー
ある程度混ざり合わさったら、(3)あとは手でこねていきます。
全粒粉はブランドによって水分の配分が違うので軟らかさの感覚をつかむことも大切。この感覚は何回か作ることでしかわからないので、作りながら自分好みの軟らかさを見つけてください。では松浦さん、こねてみましょうか。
松浦
けっこう難しい。ウーさんのようにいかないな。
ウー
今触っていると水分が粒子の上に浮いている感じでしょう?ジャバジャバしているような。そのうちにしっとりとしてくるのでそれまで頑張って。
松浦
うーん。
ウー
松浦さんのは、こねているとは言えませんね。こねるというのは外と中の生地を交換する、ローリングする動作です。猫手にするとやりやすいです。ほとんど手にくっつかなくなったら、水分がすべて吸収されたということ。
松浦
ウーさんがやると生地が気持ち良さそうですね。
ウー
生地に無理にストレスをかけず、こねる時は力を入れすぎないようにお願いします。
松浦
次は成形ですね。
ウー
(4)そのままフライパンの大きさに合わせて丸くのばしていきましょう。発酵させるので厚みは1cmくらい。
松浦
この時点ですでにおいしそうですよ。
ウー
油を引いたフライパンに生地を置いて(5)ナッツをのせます。今日はクルミにしました。
松浦
けっこう生地の中に押し込むんですね。
ウー
発酵したら生地が膨らむので、中まで押し込んだ方がいいです。(6)フタをして10〜15分待ちます。さて、フタを開けてみましょう。(7)発酵して膨らんでいます。これを焼きます。
松浦
こんな短時間でも発酵するんですね。
ウー
(8)フタをせずに強火でフライパン全体を温め、下の方が固まったら、ひっくり返してフタをして弱火にします。コンロだと下は焼かれて上は蒸される。まず強火で裏面に焼き目を付けて形を安定させてから、本格的に焼くんです。だからオーブンがなくてもできる。
パンを焼いている間は絶対にフタは開けないでください。温度が急激に変化するときれいに膨らみません。5分ほど焼いたら一度、ひっくり返して、(9)再び5分くらい焼いたら出来上がりです。
松浦
こんなすぐにパンが焼けるなんて感動ですね。ナッツの香ばしい香りがする。
ウー
ナッツはアーモンドでも何でもいいです。オーブンじゃないから温度の設定ができないけれど、それも経験。食べやすい大きさに切り分けておきます。では、次は卵焼きを作りましょう。
豆苗の卵焼き
ウー
(1)豆苗は細かく切った方が火が早く通ります。松浦さん、卵を割ってください。
松浦
はい。(2)卵を割りました。
ウー
割ったところに塩、(3)コショウを入れて、豆苗も入れます。
松浦
混ぜる前に入れるんですね。
ウー
卵は粘りがあるから塩を入れた方が混ぜやすくなるし、豆苗を入れてからの方が摩擦ができるので混ぜやすいんです。(4)卵を豆苗の衣にする感覚で頑張って混ぜてください。
松浦
均等になってきました。
ウー
では(5)フライパンを火にかけて油を引きます。最初は油がとろっとしているけれど、サラサラになってきたら、温まったということ。(6)混ぜた卵を全部入れてください。
松浦
ここでは何か注意することはありますか?
ウー
この時のポイントは、入れた瞬間には触らないこと。すぐに混ぜちゃう人が多いけれど、じっと待って状態を観察してください。
松浦
だんだん下の方が固まってきました。
ウー
そうしたら、(7)菜箸で食べやすい大きさに分けましょう。あとで切り分けるより、形がまとまります。野菜の水分が卵をおいしくしてくれるので、パサパサにならないよう、あまり強火にしないように。だんだん上も固まってきたところで返します。
松浦
フライ返しではなく、菜箸を使うのですね。
ウー
(8)分けたものを一つずつ外側から折り畳むように卵を返します。ふんわりさせたいので、菜箸の方がいいと思いますよ。フライ返しで押し付けるように返すとペタンとしてしまうので、優しくね。
松浦
何も考えずに手を動かしてはダメなんですね。
ウー
私はその時その時に一番おいしい状態にすることを考えて、料理をしたいと思っています。
【材料(2人分)】
・新タマネギを丸ごと煮たスープ
新タマネギ4個、水2カップ、粒コショウ10粒、粗塩適量
・中国風フォカッチャ
全粒粉200g、ドライイースト大さじ1、グラニュー糖大さじ1、塩ひとつまみ、花椒粉小さじ1/2、油大さじ1、水150cc、クルミ30g
・豆苗の卵焼き
豆苗1袋、卵4個、塩小さじ1/5、コショウ少々、サラダ油大さじ1
松浦
今回の朝食は、ウーさんが家でよく作っているメニューなんですか?
ウー
とてもよく作ります。私の家ではネギは毎日、1本もしくは1個を必ず食べます。ノルマみたいなものですね。どんなネギでもいいのですが、春ならやはり新タマネギ。血液をサラサラにします。
松浦
このパンもですか?
ウー
もちろん。日本の方はパンを作るのは大変だと考えている方が多いと思いますが、北京の主食は小麦粉なので、昔から家庭で作ってきました。オーブンがないので、フライパンで焼きますが、買いに行くより早くできます。
松浦
それはいいですね。
ウー
あと中国ではゆで卵はあまり食べない。卵焼きが定番です。
松浦
ゆで卵はないのですか?
ウー
食べるなら塩卵や茶卵などの味つけ卵ですね。今回は卵焼きに豆苗を入れてみました。そのままでもいいし、パンに挟んで食べてもいいと思います。
松浦
このフォカッチャも、噛めば噛むほど味が出てきますね。
ウー
粉そのものの味がするでしょう?
松浦
ウーさんが調理すると、素材が気持ち良さそうなんですね。素材と会話しているよう。
ウー
料理をする時は、食材を自分を助けてくれるパートナーのような存在に考えています。食材の様子をよく見て、本当に必要なタイミングを見計らうことをとても大切に思っています。
松浦
ウーさんは北京育ちですよね。子供の頃はどういう朝ごはんを食べていたんですか?
ウー
今、私が作る料理のほとんどは母が作ってくれたものです。子供の頃は文化大革命の最中で贅沢なことはできない時代でしたが、あまりまずいものを食べた記憶がないんです。
すべておいしかった。母いわく、愛にはお金がかからないと言うんです。だからいくら使ってもいいと。そんな考えで料理を作ってくれたんですね。
松浦
愛情たっぷりですね。ある意味、お金より価値がある。
ウー
そうです。そして、中国では朝は必ずスープなど汁物をとります。体を温めながら、徐々に目を覚まさせていくのです。
松浦
しかし、この新タマネギを丸ごと煮たスープは、想像を絶するほど簡単でした。
ウー
でもおいしいでしょう。新タマネギは一枚一枚はがしながら食べてください。外側と内側で味が変わっていくのがわかります。
松浦
スープというと味を染み込ませるというイメージでしたが、調味料は塩コショウだけで、食べる直前に入れるというのも驚き。
ウー
先に調味料を入れるとその味つけに慣れてしまうせいか、さらに調味料を加えたくなってしまうんです。直前に入れた方が満足度が高くなります。
味を染み込ませるとおいしいかもしれないけれど、塩分は高くなるでしょう?家庭料理は健康を維持するためのものだから、そこは配慮したいですね。家庭料理だからこそ、これができるのです。
松浦
家庭料理は体にいい薬みたいなものですものね。
ウー
タンパク質が足りないと思ったら、スープにソーセージやベーコンを入れて温めてもいいです。ボリュームも出ます。
松浦
卵焼きも豆苗がたくさん入っていて、サラダみたいですよね。
ウー
松浦さんのおっしゃる通り、卵をドレッシングにしたサラダに近いかもしれないです。朝は鉄分をとりたい。クレソンやパセリでもいいのですが、私は中国人なので豆苗にしてみました。
松浦
パンも最高ですよ。ほんのりとした甘味も感じます。
ウー
おやつに作ることもあります。噛めば噛むほど味が出るのでしっかりと噛むことができる。これも家族の健康のために作る家庭料理ならではの工夫です。
松浦
朝におかゆを作ったりもするんですか?
ウー
休日とか家族が揃う時には。おかゆはすぐに食べなければおいしくないけれど、今日のような料理は作り置きができるので、家族がバラバラの時間に食べても大丈夫なんです。
松浦
今回わかったのは、粉をこねるのも僕にはまだうまくできなくて、一見、簡単そうな作業なのに、やり方次第で味に大きな差が出るのだということ。あと、食材をきちんと観察することも大事なのですね。だからこそ、料理は面白いのだと実感しました。
ウー・ウェンさんとの
朝食を終えて
ウーさんのお母様は「たいていのことは料理でうまくいくものよ」とおっしゃったそうだ。僕もそう思う。料理にはそれだけの力がある。なぜなら料理とは愛情であるからだ。
家庭料理とは、外でお金を出して食べるような料理を作るのではなく、食べることによって、身体と心が休まり、身体と心が整い、今、身体と心が必要としている料理は何かをよく考えて作ること。それが本当の家庭料理であると、ウーさんは教えてくれた。必要なのはほんの少しの技術と、たっぷりの愛情。そんなウーさんの朝食がおいしくないはずがない。(松浦)