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平野紗季子の洋菓子婦人対談:洋菓子と包装紙

洋菓子の魅力を語るなら、忘れてはいけないのが包装紙。お菓子を包む一枚の紙に込められた物語を読み解くのはもう一つのお菓子の楽しみ方だ。フードエッセイストの平野紗季子さんが、文筆家の甲斐みのりさんを「紗季子の部屋」に迎え、包装紙談議を繰り広げる。

photo: Kenta Aminaka, Kaori Ouchi (boxes) / styling: Chizu / text: Miki Ozawa / special thanks: THEATRE PRODUCTS

平野紗季子

学生時代から甲斐さんの本を何冊も拝読していて、今日はすごく楽しみでした。

甲斐みのり

嬉しいです。先日、『紙博』というイベントで「包装紙クイズ」をやったんです。「この包み紙はどこのお店のものでしょう?」っていう。簡単だと思ったら全く手が挙がらなくてあまり盛り上がらず、落ち込んでいたところでして(笑)。

平野

みんな意外と知らない、という事実……。でも私は甲斐さんの包装紙愛に勝手に共感して尊敬してます。で、お恥ずかしながら私が関わっているお菓子を持ってきました。
(NO)RAISIN SANDWICH」(*2)と言います。

甲斐

箱が可愛い。これはレーズンサンドがモチーフになった柄ですね。

平野

すごい、よくわかりましたね。さすが、包みに込められてる思いを読み解く力が……。

甲斐

やっぱりお菓子に愛があると包みにも思いが入りますよね。

包装紙愛と再利用魂で、
封筒に、スカーフに。

平野

甲斐さんが包装紙愛に目覚められたきっかけってなんですか?

甲斐

子供の頃、母や祖母がお菓子を頂いたらその包装紙は、捨てずに取っておくんですよ。そこから特に綺麗なものは母親がノートに貼って使うというのが当たり前で。そういう親の姿を見ていて包装紙は「捨ててはいけないもの」で、さらに何かに再利用しなければいけないって思ってたんです。今もブックカバーにしたり封筒(*3)にしたり。

平野

死蔵しちゃうわけじゃないんですね。保管が目的じゃない。

甲斐

包装紙愛、コレクション魂もあるんですけど再利用魂が強くて。人の目に触れさせたい気持ちです。

平野

それわかります。田園調布の〈ローザー洋菓子店〉のチョコレートの包み紙が好きすぎて「この可愛いパッケージをただ保管しているのがもったいない、これを纏って外に出たい!」と思って、シアタープロダクツさんに依頼してグッズ(*4)を作らせていただいたんです。友達からはキモヲタの発想と言われました。

甲斐

愛すべき包装紙たちを纏いたい気持ち、ありますね。

平野

色んな包装紙があるけど、やっぱりお菓子なんですか?

甲斐

お菓子ですね、基本的には。包装紙って、お菓子のドレスみたいじゃないですか。味に自信やこだわりがある作り手さんたちは、自分が作った愛しい子供に、かわいらしいドレスを纏わせたいんですよね。だから、包み紙が素敵なところはお菓子もおいしいはず、と。包み紙とお菓子はセットなので必ず商品を買うようにしますし。

平野

学生時代に〈資生堂パーラー〉(*5)で、お菓子を買って帰ったんです。私は片づけが苦手で、部屋が散らかり放題。しかも自分はジャージ姿っていう、ひどい状況なわけです。けど、そのお菓子の缶を開けた時に、そこだけ“銀座”になったんですよ。空気が一変したことに感動して「包装紙までがお菓子です」っていうお菓子研究家の福田里香さんの名言を実感したんです。どんな場所であっても、夢を見させてくれるのが包装紙の役割なんだって。

甲斐

今の時代、断捨離で最初に捨てられるのがお菓子の包装紙。だからこそ私が救い出さなきゃと(笑)。包装紙はもともと広告の役割を担っていたんですよね。誰が描いたとかは関係なくて、いかに印象に残るかっていうのが大事という。

無名作家から洋画の大家まで、
包装紙の絵を描く人々。

平野

ご著書の『お菓子の包み紙』にも包装紙は名もなき人によるものが多くて、民藝運動にも通じるものがあるということを書いてらして。

甲斐

今のようにグラフィックデザイナーという存在がなかった時代、包装紙は印刷会社とか看板屋さんとかに属している職人さんの仕事であることが多かったんです。もしくは洋菓子の場合は、店主やその親戚、知り合い、もしくは本当に有名な洋画家に依頼するとか。

平野

包装紙に極私的な物語が込められているとか、たまらないです。

甲斐

三木製菓〉(*6)の包み紙は、7匹のネズミは創業者一家にちなんだものだったり。一方で、作家による包み紙も醍醐味ですよね。洋菓子といえば東郷青児で〈アルプス〉が有名ですけど〈フラマリオン〉(*7)もかっこいいです。〈hana〉(*8)は、現役の染色家の柚木沙弥郎さんの絵が包装紙からカードまでたくさん。

平野

現役で活躍されている作家の方の作品という意味でもとても貴重ですよね。現役といえば、〈資生堂パーラー〉の仲條正義さんのパッケージデザインもそう。

甲斐

ほんとに。そういうエピソード込みで、まず包装紙のことを知り、そしてお菓子を知る。実は、昭和20〜30年代に作られた洋菓子の味は、今の味覚には少し合わないことがあったりするんですよ。でも発祥の由来や、お菓子にまつわるエピソードを知ると絶対おいしく食べられるんです。よりおいしく食べるためにもっと深く知りたい、という愛(笑)。

平野

おいしいとは別の軸で愛せますよね。

甲斐

美しく包装するっていう日本の文化ですよね。お菓子を食べる前にワンクッション置くことでお菓子との向き合い方が整うというか。

平野

体験デザインですね。私、銀紙が大好きなんです。その中には特別なものが入ってる感じがして。

甲斐

私は半透明な薄紙がすごく好きです。ベールを纏ってる感じで貴族のような佇まいだなと(笑)。最近のお菓子なんですけど、〈ルル メリー〉(*9)がまさにそれ。箱が可愛くて、開けると半透明な薄紙のベールが。

平野

甲斐さんのインスタグラムで見て、気になってました。お菓子は包み紙だけじゃなくて箱もありますよね。包み紙、箱、ショップカード、箸袋……。集め続けてどんどん溜まります。自分が死んだ時、親族が処理に困る(笑)。

甲斐

以前、みうらじゅんさんと対談した時、「今僕がやってること、ゴミを集めているように見えても、100年経てば民俗学ですよ」っておっしゃったんです。それが神からの言葉のように降りてきました。

平野

確かに……!これから私もその言葉を糧に、自分を正当化して生きていきます。

フードエッセイスト・平野紗季子、文筆家・甲斐みのり
平野さんが手がけた〈ローザー洋菓子店〉×シアタープロダクツのスカーフのパターン画を掲げた部屋でお出迎え。甲斐さんの手みやげは〈まるたや洋菓子店〉(*1)から。