———今回はアメリカ発の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(ジョージ・A・ロメロ監督)を起点に置きます。『ナイト~』は当時のアメリカが抱えていたベトナム戦争の影響もあった、ともいわれていますが。
谷口功一
ロメロが語っていたんですが、(ゾンビ3部作のテーマは)『ナイト~』は伝統的な家族像に対する若者の反逆。『ゾンビ』は消費社会批判。そして『死霊のえじき』が軍産複合体批判。ベトナム戦争から続くアメリカ国家批判は『死霊のえじき』が一番強いと思います。で、『ナイト~』で作られたロメロゾンビの原型にあるのは人種問題のメタファーでしょうか。
伊東美和
ロメロにインタビューした時には「正直『ナイト~』の頃は何も考えてなかった」とも言ってまして(笑)。もちろん世相は反映されてますが、純粋に怖いホラー映画を作りたかっただけだと。ただ公開したら批評家がいろいろ解釈してくれたので「ああ、そういう意味もあるな」と自分で納得したそうです。
(社会現象を)メタファーとして自覚的に織り込もうとしたのは『ゾンビ』からだ、と言ってますね。ただ彼、昔は「何も考えてなかった」って言ってたんですが、その後「いや、公民権運動のことは頭にあったよ」と言いだして、最近また「やっぱり考えてなかった」と、年をとってノーガードに(笑)。
———ロメロはゾンビの造形にはこだわらなかったんでしょうか。
伊東
多分、そんなにこだわらなかったんでしょうね。『ゾンビ』は、『ナイト~』のように青白い肌にしたかったらしいんです。ただ(特殊メイクの)トム・サビーニが白黒とカラー(注・『ナイト~』は白黒映画)の色味の調整がうまくいかず、すごく青くなっちゃったと(笑)。
———ロメロゾンビは歩くだけですよね。走らない。
谷口
実は、歩こうが走ろうが(世界が破滅する速さは)同じなんですよ。ゾンビが走る場合と歩く場合を詳細にシミュレートした研究をされた方がいて、図表まで作って発表されてるんですが、変わらないらしいです。
伊東
まあ、映画的に言えば、「あ、襲われる」と考える時間があった方が怖いわけですよね。
———走るアメリカゾンビというと『バタリアン』。ゾンビ映画が存在する世界観の話ですね。
伊東
本当は映画としてゾンビらしきものが出てきたら弱点を解明する必要があるんですが、ゾンビ映画が存在する世界観だとそこをはしょれるんですよね。コメディ向きではあるんですが。
———脳を破壊する以外ゾンビの弱点って何かありましたっけ?
伊東
もともとハイチのゾンビは塩が弱点なんですよ。塩は神聖なものなので、ゾンビは塩を食べると「自分が死体である」ということを思い出して、自分から墓の中に入っていくんです。
欧州も南米もアフリカ大陸も
ゾンビでいっぱい
———ヨーロッパに飛びます。英国は『ショーン・オブ・ザ・デッド』や全力疾走ゾンビの『28日後…』を生み出していますね。
伊東
走るゾンビというとその前にイタリアの『ナイトメア・シティ』もあるんですけどね。走るだけじゃなくマシンガンまで撃つゾンビ。
谷口
英国もアメリカ同様に人種問題を抱えているんですよ。移民問題を抱えている国ではゾンビものって作られやすいんだなあと。増え続ける移民に「ゾンビ襲来」を現実的に感じているのかもしれません。
伊東
ゾンビ映画の怖さは、人間の数とゾンビの数が逆転してしまう部分もありますからね。
谷口
ロバート・スミスという人が数学と統計学の見地から「ゾンビの数理的モデリング」という論文を発表してるんです。それによると(国土の広さにかかわらず)アメリカでも28日でゾンビが制圧するようですよ。
伊東
イギリスは島国だから安全、とかはないんですか?
谷口
商用航空がある限り関係ないです。世界ではキューバが比較的安全なようです。社会主義国家で半ば鎖国状態ですから。
伊東
キューバの『ゾンビ革命 フアン・オブ・ザ・デッド』では手作りボートでアメリカへ逃げる、なんて描写もありますね。
———英国のお隣、フランスのゾンビというと最近は『ザ・ホード 死霊の大群』ぐらいですが。
伊東
フランスではホラーが非常に低く見られていて、女優はホラーに出ただけでポルノ映画に出たかのような言われ方をされるんですよ。だから予算も集まらないんでしょうね……。
谷口
『ザ・ホード』の舞台はフランスのバンリュー……日本語で言うと「郊外」なんですが、この言葉には「禁止された地域」という意味もあって、移民問題で荒廃してるんですよ。バンリューの(貧困)住宅の屋上から見たパリが燃えている、という画が暴動のメタファーにも見えて、映画としては良くできています。ただ僕は余りに胸くそ悪くてゾンビものとしては好きになれないんですが(笑)。
———スペインは世界的ヒット作『REC/レック』があります。
谷口
『REC〜』は、ゾンビの発生に悪魔が絡んでオカルトになっていくんですが、スペインはヨーロッパの中でも国民の意識が少し変わってるんです。もともとイスラムに占領されていたところにレコンキスタ(キリスト教国による征服)があったという屈折した歴史もあって、(数的には)カトリックが強い国なんですが、スペイン人の一部には「自分たちは本当にヨーロッパの一員なのか?」という自意識があるらしい。そういう国がああいうゾンビを生み出すのは興味深いです。
———イタリアは『サンゲリア』をはじめ、ゾンビ大国ですよね。
伊東
イタリア映画は西部劇のように、アメリカの流行を追いかけるんです。『サンゲリア』はアメリカで『ゾンビ』が製作されるのを知って完成される前に先に作っちゃった。『ナイト~』に倣ってゾンビを演出して、舞台は南の島にして。で、完成した『ゾンビ』を観たら「舞台が都会じゃないか!」って驚いて、慌てて最後に「大都会に向かうゾンビの画」を入れて勝手に前日譚にしたという(笑)。
———北欧だと、ノルウェーの『処刑山 デッド・スノウ』。
谷口
あれはよかったです。雪山とゾンビという新鮮な組み合わせだけでご飯食べられる(笑)。
伊東
雪に血の赤が映えてます。
谷口
大自然の中のゾンビってなかなか描かれなくて。基本は都市部で「人間の日常の中に闖入してくる」というのがゾンビなんですよね。ジャングルでゾンビが追いかけてくると言われても、普通はピンとこない。
———とすると南米のジャングルはゾンビ映画に不向きですね。
伊東
ブラジルだと『デス・マングローヴ』とか。海で変な貝を食べたら感染するという。
———大自然というとアフリカを舞台にした『ゾンビ大陸 アフリカン』がありましたね。サバンナに点々とゾンビが立っていて、ふらふら歩いている映画。
谷口
あれは現地での撮影がすごく大変で、主演の人は途中でマラリアに感染しちゃったそうです。だからふらふらになっているシーンも演技じゃなくて病気だったんじゃないかと(笑)。
———エジプトを舞台にしたゾンビ映画はあるんですか?
伊東
1980年代の映画で、『ミイラ転生・死霊の墓』ってのがあって、考古学者がミイラを発掘したら噛みつかれて感染していくという話です。原題が『ドーン・オブ・ザ・マミー』なんですけども(笑)。
ゾンビ発展途上地域
アジアのこれから
———香港映画『霊幻道士』などでお馴染みのキョンシーは、ゾンビと言っていいんですか?
谷口
西洋のゾンビは廃棄物としての「人間の終わり」、東洋の幽霊は「人間の欲望を純化したもの」を示していて、その文脈でいくとキョンシーはゾンビとは違うという説もありますね。
———インドからは『インド・オブ・ザ・デッド』。インド初のゾンビ映画、という触れ込みの。
伊東
世界一映画を作っている国なんで、過去のどこにゾンビが紛れているかわかりませんが。
谷口
あれ、志が高いと思うんです。インドのゾンビは絶対踊るんだろうなあ、と思ったら踊らない。それより舞台がアラビア海に面したゴア沖の離島で、あそこに麻薬を持ち込むという設定はあるとしても、ロシアンマフィアが来るのがデフォルト設定なのがすごく気になりまして。あれをインド人が普通に受け入れてるのはなぜ?と。
———ところで、日本のゾンビ映画でお好きなのは?
伊東
日本はどうしても低予算になりますが、『ヘルドライバー』は面白かったですね。全部クライマックス、というスプラッター芸が延々続く映画です。
———日本ではなかなか大作のゾンビ映画が出てきません。
谷口
ゾンビに対してマーケットの先入観と規制が働いているんですよね。『ワールド・ウォーZ』の時も広告代理店が「ゾンビ」という言葉を一切宣伝で出さなかったでしょう。商業的にゾンビっていうものがチャーミングだと思われてない。
伊東
一本大ヒットが出たら状況が変わるんでしょうけども。
———最後に、今後、ここのゾンビ映画を観たいという国は?
谷口
北朝鮮を舞台にしたゾンビ映画は観てみたいですね……。
伊東
すごいモブでゾンビできますね(笑)。
谷口
現実的には中国産ゾンビ映画を観てみたいですね、大金をかけた。で、それが実は(ロメロゾンビのように)政権批判を含んでいて、国内的には大問題になる……みたいなことになるとゾンビ映画の社会的地位も高まるんじゃないかなと(笑)。