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ジム・ジャームッシュに聞く。愛すべきゾンビ映画『デッド・ドント・ ダイ』を撮った理由とは?

巨匠ジム・ジャームッシュは、なぜ『パターソン』の次にゾンビ映画を撮ったのだろうか?それもコメディ?そのワケを聞くために、NYイーストヴィレッジまで会いに行った。

photo: Dean Kaufman / text: Mika Yoshida & David G. Imber / edit: Izumi Karashima

『デッド・ドント・ダイ』は、アメリカの田舎町で起こった怪事件に端を発し、奇想天外なゾンビたちが町中をさまよってはバッタバッタと切り倒され、世界の終焉へと向かっていくゾンビ・コメディ映画である。警察署長と巡査の迷コンビを演じるビル・マーレイとアダム・ドライバーをはじめ、キャストはティルダ・スウィントンにトム・ウェイツ、とお馴染みジャームッシュ組の豪華メンバーがズラリ勢揃い。10~20代を中心に圧倒的な人気を誇るシンガー&女優のセレーナ・ゴメスまで新顔で加わった。

世界には美しいものがあふれている

BRUTUS(以下、B)

本作が生まれた経緯を教えてください。

ジム・ジャームッシュ(以下、ジム)

前作『パターソン』と真反対の映画を作りたくなったんだ。静かに内面へ向き合うシリアスな前作に対し、くだらなさが持ち味の笑える作品にしたかった。気心の知れた俳優たちと面白がりながら作るという意味で『コーヒー&シガレッツ』にも通じるね。

B

役名もティルダ・スウィントンがゼルダ・ウィンストンとか、前作ではパターソンだったアダム・ドライバーが今回はピーターソン、と小ネタ満載です。

ジム

ひとえに、肩肘張らず気楽に観てほしいから。くすぐりを入れるのが好きなんだ。墓場のシーンで墓石の名前が巨匠監督サミュエル・フラーなのも、『ミステリー・トレイン』で詩人ジェフリー・チョーサーの名前を入れたのと同じだね。

B

話の舞台はセンターヴィル。フランク・ザッパの監督映画『200モーテルズ』に出てくる架空の町ですね。マニアのツボをくすぐる一方で、そうした予備知識を持ち合わせていなくても、絶妙の間合いや意外な展開に笑わせられるコメディです。そして思わぬ結末が観客を待っていますね。

ジム

虚無的な作品なんだが、クスクス笑わせる。馴染みの俳優たちにあて書きし、愉快に製作を進めていたのだけれど、当初考えていたよりもエンディングがダークになってくるのに気がついた。だが、このままで行こう!と皆の意見も一致してね。

B

そもそもテーマがゾンビですし。

ジム

映画史上これ以上ないってほどベタなテーマ、それがゾンビだね(笑)。

B

昔から、ホラー映画のファンでした?

ジム

小さい頃、土曜日ごとに地元オハイオの映画館に放り込まれては、モンスター映画やSF映画を観たのが原点だ。子供たちは親が迎えに来るまで大騒ぎしながら、『SF人喰いアメーバの恐怖』や『惑星アドベンチャー スペース・モンスター襲来!』といった映画を観たものだよ。

B

ゾンビ映画だと、どのあたりの作品がお好きですか?

ジム

ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は金字塔。それまでのゾンビは、外界から襲いかかってくる怪物だった。だがロメロのゾンビはまるで別物で、壊れた社会の産物だ。隣人や家族がゾンビになり得るという新しい恐怖を生み出した。ゾンビへの恐怖は自分自身への恐怖でもある。

続いてはウェス・クレイヴンの『ゾンビ伝説』。これぞ傑作!メタファーに満ち満ちたブードゥーゾンビだね、

B

血の祭礼、死……。公開は1988年、エイズ禍の真っただ中でした。

ジム

これには多大な影響を受けた。形式ではないよ。隠喩や伏線をちりばめつつ、最終的には回収しないという点でね。

B

確かに『デッド・ドント・ダイ』も伏線がそのままですね。

ジム

最初から固めて作るのはつまらないからね。もう一本はヨン・サンホの『新感染 ファイナル・エクスプレス』。これには心底震え上がった。ゾンビが山ほど出てきてみな動きが死ぬほど速い!言ってみれば『デッド・ドント・ダイ』はこれと正反対のゾンビ映画だ。

映画監督・ジム・ジャームッシュ2
意外とNHK(TV JAPAN)をよく観る。「先日も宮崎駿のドキュメンタリー(全6回)をシリーズで観たばかりなんだ」。ほかに『デザインあ』『学生ロボコン』『サラメシ』がお気に入り。

私は、野人ボブに
憧れているのかもしれない

B

『デッド・ドント・ダイ』では、住民が次々ゾンビと化します。でも少年院から脱走した3人の子供たち、そしてトム・ウェイツ演じる隠遁者ボブには希望が託されたと感じられますが……?

ジム

少年院のティーンたちと、隠者ボブ。どちらも社会から疎外された存在だ。私はまず「ティーンエイジャー」そのものに強く惹かれる。大人でも子供でもない状態の10代で歴史上の天才たちはその才能を開花させてきた。

ここにメモしてあるんだが……(手帳を取り出す)、アルチュール・ランボーしかり、モーツァルトしかり、ジャンヌ・ダルクもツタンカーメンも、みな10代で輝いた。キャロル・キングも10代で数々の名曲を生み出した。今ならビリー・アイリッシュがそう。ティーンの知性は私の「導き」だ。

B

映画で、ティーンたちはゾンビの魔の手から賢く逃れますね。

ジム

一方、隠者ボブは自らの意志で社会の外にいる人物だ。森でキノコを採ってはサバイバル生活を送っている。告白すると、実は私はキノコの素人研究家でね(笑)。キノコは動物でも植物でもない第3の生物だ。人を殺す毒にもなり、美食ともなり得る摩訶不思議な生き物だ。作曲家ジョン・ケージもキノコ研究の第一人者だったほど、魅力と謎に満ちたキノコ、そして自給自足の生活に私自身、惹かれるものがある。

B

それはこの映画のメッセージでも?

ジム

反大量消費主義、グローバル化への憂慮といった社会的なテーマを持つ映画だが、だからこうしろ、という強いメッセージは打ち出さない。若い人たちはみなビーガンで飲み水にも配慮し、リサイクルにも熱心、と環境コンシャスだね。

私もベジタリアンだが飛行機に乗るし、クレジットカードだって使う。そもそも音楽や映画の制作自体、環境破壊につながる行為だろう?地球のためを思うと、すべてやめて「野人ボブ」にならなきゃならないが、それは無理。内心どこかで、私はボブになりたいのだろう。

B

ところでティルダ・スウィントン演じる葬儀屋は、日本刀を操ります。彼女の発案ですか?

ジム

いや私のアイデアなんだ。彼女の役は屍を扱う職業で、しかも「よそ者」だ。私自身は太極拳をたしなむ程度で、東洋哲学や武士道に精通しているわけではないが、この役には日本刀がピッタリなのでは?と閃(ひらめ)いた。

B

世界はまさに今、新型コロナで家に閉じこもらざるを得ず、ゾンビに包囲されて立てこもる『デッド・ドント・ダイ』状態です。このタイミングで日本公開というのも奇縁ですね。

ジム

私としては、少しでもリラックスして愉快なものを楽しんでもらえれば、と願うばかりだ。世界が「一時停止」している間、読書や映画を通じて何か感動に出会ってほしい。特に若い人たちにとって、この映画が目の前の現実からつかのま離れるきっかけになれば嬉しい。

世界は動き続ける。必ず次が来る。この映画は資本主義の行く末を暗示するようなちょっとダークな物語だが、世界には美しいものがあふれていることに気づいてほしい。窓から入る風も、着ている服の色も、誰かの顔も、五感に心地よく心をわくわくさせてくれる。世界というのは、実はパーフェクトなのだから。映画でもRZA演じるディーンがこう言うんだ。「あらゆるものを慈しみなさい、世界は完全なのだから」と。

映画『デッド・ドント・ダイ』
Abbot Genser/Focus Features ©2019 Image Eleven Productions Inc.

ジム・ジャームッシュが愛する
ゾンビ&ホラー映画ベスト3。

映画監督・ジム・ジャームッシュ
ジャームッシュ監督行きつけのカフェで。壁の右側に飾られているツーショット写真は前衛芸術家のローリー・アンダーソン(左)と画家のロイ・リキテンスタイン(右)。