山本美希
『ジェーンとキツネとわたし』は色鉛筆のタッチが好きな作品です。暗いトーンでお話が進むんですが、主人公が『ジェーン・エア』を読み始めると本の中に色が差し込まれる。
原正人
世界が次第に色づいていって、感動しますよね。でも、この作品をマンガと捉えている人は少ないかも。
山本
マンガと絵本の境界をどこに置くかって難しいですよね。コマを使った絵本もあるし、むしろそこは線引きしなくてもいいような気もするのですが。
原
これは、カナダのフランス語圏、ケベック発のバンド・デシネですが、欧米ではマンガと絵本の境界線上の作品が多い。日本の場合は、絵の記号性も含めて、マンガってこういうものだという了解があるのかな?
山本
『サブリナ』の絵もすごく記号的なものですよね。
原
SNSやEメールなど、非人称性の高いネットワークの恐ろしさについて描くには、このシンプルな線や色使いがぴったりで、怖さを増幅させているように思えました。
日本のマンガは物語、グラフィックノベルは絵が魅力などといわれますが、これは絵の自己主張が少なくて、物語に最適化している印象です。
山本
文学の賞であるブッカー賞にノミネートされたというのも納得ですね。『小さなロシア』はまさに絵。アニメーション作家の作品なんですが、実はこれ、日本でしか出版されていないんですよ。
写真の上に絵を重ねて描いていて、下から顔が見えたりします。いわゆるマンガとは違うけれど、絵で物語を追っていくものなので、これもグラフィックノベルかなと思って。
原
英語でマンガを定義するシークエンシャル・アートという言葉がありますが、絵が連続して話が作られるのだから、文字要素も、はっきりとしたコマ割りもないけど、広い意味でマンガと捉えられるかもしれません。
山本
ゆっくり読めば、主人公がいて、彼の半生が語られているとわかります。絵の情報量も多くないし、読みやすいかな〜と思っていたんですけど……。
原
マンガってこういうものだと思い込みがちですが、グラフィックノベルはそれを揺さぶってくれるのがいいですよね。『年上のひと』では性的なものの描き方にドギマギしました。
山本
カメラワークも考えられていて、グレーが入っていたり、視覚的にすごくキレイ。夏の光の印象が美しかったです。
原
グラフィックノベルには自伝的な作品が多くて、これもそう。日本だとエッセイマンガにそういう作品が多いですかね。
山本
自伝的といえば、作家が自身のルーツと祖父のことを描いたのが『オリエンタルピアノ』。四半音を出せるピアノの発明にまつわるお話です。白と黒が鮮やかで、ページに散らばる装飾性から中東の雰囲気も感じられる。
お気に入りの靴を鳴らしながら歩く場面で四方に足の絵を入れたり、白と黒で描かれることの意味も明確にあったり、ページごとに表現が練り上げられているので、時間をかけて、隅々まで楽しんでほしい一冊です。
原
自伝的作品の多さにも顕著ですが、グラフィックノベルにはしばしば、自身のあり方を問い、世界に接続しようとする強い意志が感じられます。
フランス人作家、ペネロープ・バジューがかっこいい女たちを紹介する『キュロテ』は、#MeTooなどの世界的なフェミニズムの盛り上がりとリンクしています。
作家本人がレズビアンであることを公言して、同じく同性愛者であった父との関係に真摯に向き合う、アリソン・ベクダル『ファン・ホーム』のような作品もあり、女性作家の活躍も近年のグラフィックノベルの特徴です。
世界と地続きであろうとする感覚は、グラフィックノベルの大きな魅力だと思います。
山本
最後は『KOMA』です。お父さんの煙突掃除を手伝う主人公のアディダスがすごく可愛い!
暗さや辛さも描写されるんですが、煙突掃除という設定にワクワク。ある時、煙突を潜っていったらモンスターの世界に出てしまうというお話です。
原
後半から物語の抽象度が上がりますよね。
山本
人々の顔も記憶もころころ変わってしまう、不思議なホテル。最後まで面白かったです。
原
原書は白黒版もあるんです。
山本
そうなんですか?
この明度を抑えた感じがすごくいいなと思って読んでいました。
原
カラーの後に白黒版が出たんです。僕はこの時期の作者の筆のタッチが優しくて好き。怖いところもあるんですけれど。
山本
黒々としたタッチや、暗闇を明瞭に見せない描き方もいいですよね。表紙の部分にニスが盛られていたりして造本もかっこいい。おすすめです。