そもそもWikipediaってどんなもの?
定義としては「世界中のボランティアの共同作業によって執筆されるフリーの多言語インターネット百科事典」です。初めて公開されたのは2001年、日本語表記に対応し始めたのは02年から。
基本的には誰でも編集が可能ですが、記事の信頼性を増すために「内容に関する三大方針」が決まっています。
(1)は検証可能性。真実かどうかではなく、ほかの人が検証できるかどうかが大切です。そのためには「信頼できそうな刊行物」から出典を示して書くことが必須。たとえ知識があったとしても、出典を示すことができなければ書いてはいけません。
(2)は中立的な観点。両論併記が求められます。例えば学説が2つあった場合、どちらかの議論に偏って書いてはいけません。
(3)は独自研究は載せない。自分の考えを書いてはいけません。資料を独自に入手したとしても、分析したことは書くことはできない。誰でも確認できる「信頼できる刊行物」を使って記事を執筆する必要があります。
記事の編集者や執筆者の中でも特に熱心な人を「ウィキペディアン」と呼びます。
書いてあることは
どこまで信頼できる?
中には信頼性も高く、読み物として面白い記事はあります。しかし基本的にあまり信頼できません。やはり専門家が監修している百科事典と比べると、誰でも編集可能であるがゆえに低品質な記事が多くなってしまうことも事実です。
低品質な記事を修正・削除できる仕組みもありますが、ボランティアで運営されているため、チェックがあまり行き届いていないのが現状です。
一方、歴史上の有名な戦いが起こった年など、どの事典にでも載っているような事実についてはほとんど間違っていないといわれています。
信頼できる記事を
見分けるポイントは?
「良質な記事」には青い星印、さらに上の「秀逸な記事」には金色の星印が、ページの右上に付いています。これらの記事は、ウィキペディアンとして経験豊富な人たちの投票によって決められます。ただ、選出されたあとに情報が古くなることもあるので注意。信用度は8割程度でしょうか。
一方の悪質な記事は、出典が明らかにされていないもの。例えば、記事中に「複数の問題」など「問題テンプレート」と呼ばれているものが付いている記事は信頼できないと考えていいでしょう。10年ほど関わっていると「この執筆者の記事は信頼できる」といった見方もできるようになります。
Wikipediaの情報には
偏りがある?
基本的に執筆者が足りず、活動しているウィキペディアンの得意分野にも偏りがあります。私の専門とする舞台芸術の分野は、数人で執筆している状態です。
世界的な傾向としては、男性と比べて女性に関する記事が少なく、さらに女性に関するものと見なされている事柄は削除依頼が出されやすい。また「秀逸な記事」「良質な記事」にも、女性に関係のあるものがほとんどありません。百科事典は社会を映す鏡です。
社会が性差別的であれば、百科事典も性差別的になる。社会で能力を発揮できていない女性がたくさんいれば、それがWikipediaにも反映される。
Wikipediaの質の向上は、様々なバックグラウンドを持つ人や、様々な事柄に関心のある人が執筆することによって、実現されるでしょう。
人物のページは
本人が書いてもいい?
ダメです。Wikipediaでは「自分自身の記事をつくらない」というガイドラインがあります。
親戚・知人のような関係者の場合も同様で、やはり自分や利害関係者についての情報には主観が入りやすく、中立的に書くことは難しい。
できるだけ客観的に、中立的に、信頼できそうな資料に基づいた内容を、第三者が書くことが鉄則。そもそも自分のことは自分が一番何でも知っているというのが怪しいですよね。
Wikipediaで勉強するのに
向いている記事は?
向いている分野の一つとして、皆があまり目をつけないような事柄があります。
例えば「日立鉱山の大煙突」という記事。映画にもなった有名な煙突ですが、一般的な百科事典で調べてみても、Wikipediaほど充実した内容は載っていないでしょう。
もう一つの得意分野は、最近の流行りもの。流行中の食べ物などの記事は荒れづらく、写真の提供も多くあります。情報が新しいのでこちらも一般的な百科事典にはまだ載っていない。
私も最近「バスクチーズケーキ」の記事を執筆しました。一方で、有名な歴史上の事件などで論争中のもの、現在の政治的な外交問題などは、編集合戦になってしまいがちです。
Wikipediaを読むことは
勉強になる?
記事を読むだけでは勉強になりません。まずは記事に書いてある出典を追いましょう。そこで示されている本や新聞記事、論文などの文献を辿れば勉強になり得ます。
また、内容の信憑性を判断することも勉強になると思います。
私自身も、何も知らないトピックについてWikipediaで調べるときには、出典先のニュース記事も併せて読みます。英語版の記事でBBCやガーディアンなどの大手版元が出典にあると、比較的質の高い情報をうまく得られることも多いです。
Wikipediaをうまく
勉強に活用するには?
最も勉強になるのは、記事を自分で書くこと。実際に私も大学の英語の授業で、英語版の記事を日本語に翻訳するプロジェクトを行っています。英語力はもちろん、調べる技術の向上も望めます。
もし一本の信頼できる記事をゼロから新しく作ろうとすると、大学の授業一コマ分のレポートを書くのと同じくらいの文献を読む必要がある。
ただし、努力して書いた記事でも、慣れないうちは削除されることも多い。優秀なウィキペディアンになるには、ガイドラインを理解し、何がダメだったのかを受け止め、執筆を再開できる根性が求められます。
執筆に興味がある方には、『エディタソン』と呼ばれるウィキペディアンの集うイベントなど、初心者向けの講習が全国各地で行われていて、最近はオンラインでも実施されています。
「ウィキペディアタウン」という地域の著名人や文化財について記事を執筆する町おこしエディタソンもあります。地域には昔から郷土史をボランティアで書く方たちがいて、土地の文化を担ってきました。
そういった方たちにもぜひWikipediaの執筆に参加してほしいです。
最近おすすめの記事は?
日本版で最も有名な記事と思われる「地方病(日本住血吸虫症)」は、誰にでもおすすめできます。新型コロナウイルスの流行により、日本において感染症に関する研究が進んでいなかったことが問題になりました。
日本では公衆衛生が発達したことで、寄生虫や感染症が過去のものだとされていたからです。そうでなくても、感染症研究は危険で、地味で、きつい分野。ロケット開発などと比べると、華やかではありません。
「地方病」はある寄生虫感染症の「克服・撲滅に至る歴史」について書かれていて、そうした研究に光を当てる、今こそ読まれるべき記事。俗に言う「Wikipedia三大文学」の一つでもあります。
また、記事だけが注目されがちですが、画像も重要。「ウィキメディア・コモンズ」と呼ばれるデータベースには、撮影した写真、政府刊行物や論文の図表、著作権の切れた絵画、統計データから自作したグラフもアップされており、誰でも利用できる自由なライセンスが付与されています。
英語版の新型コロナウイルス関連の記事では、日々新たな図表が更新され、歴史的にも興味深い資料になりそうです。
知っておくべきウィキぺディア。
「空が青い」に出典は要る?
Wikipediaは出典が命。一部のウィキペディアンたちが助言や意見を書く「私論」のページでは、「空が青いということに出典は要る」「空が青いということに出典は要らない」との議論が行われている。北村さんは“出典は要る”派。
実はトップページがある。
あまり知られていないが、Wikipediaのトップには「メインページ」がある。「選り抜き記事」「新しい記事」「新しい画像」「今日の一枚」などが掲載。ユーモラスながらも内容が高品質な「珍項目一覧」にも注目。
ウィキペディアだからこその名作記事。
「良質な記事」にも選ばれている「激おこぷんぷん丸」。紙の百科事典にはすぐに掲載されない流行語はウィキペディアの得意分野の一つ。「こうした面白い記事を書くのが得意なウィキペディアンがいるんです」