自分の現在地を把握するための座標軸として
“顧問編集者”という独自の肩書きを持ち、様々な企業の経営者たちと日々相対する竹村俊助さん。これまでにはSHOWROOM代表の前田裕二さんやクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんら、時代のトップランナーたちとも対話をしながら、彼らの考えを丁寧に言葉にし、書籍をはじめとするコンテンツにまとめて世に届けてきた。編集者という仕事柄、日々多くの言葉や情報に接する彼が新聞に価値を見出したのは、ある不安感がきっかけだった。
「僕自身、新聞をきちんと読み始めたのはここ数年のことです。以前はTwitterなどのSNSばかりを追いかけていたんですが、普段はあまり接点がないような異業種の方や故郷の家族といざ話してみると、自分にとっては当たり前の情報が彼らにとっては当たり前でないことに気がついて。多くの人に情報を伝える仕事をしているのに、こんなに偏っていていいのかと、ふと不安を感じたんです。
そこで手に取ったのが日本経済新聞。より一次情報に近くフラットな目線で情報を届ける新聞メディアを座標軸のようにして、自分自身は何を知っていて何を知らないのか、その現在地を把握したいと考えたのがきっかけです」
以来、紙と電子版を行き来しながら新聞メディアに触れることが習慣になったという竹村さん。その効用は主に4つのポイントに沿って語ることができるという。
竹村さんいわく「新聞の持ち味の一つは、独自のレイアウトにある」とのこと。大事なニュースは一面で大きなスペースが割かれていたり、記事によって見出しの文字サイズに大小の差が付いていたり。情報の重要度が一目で分かるように構成されているのが特徴だ。そしてこれは電子版でも同様。紙面ビューアーという機能を用いれば、紙の新聞と同様のレイアウトで閲覧することができる。
「例えばSNSを追っていると、自分にとって興味があるかどうか、あるいは面白いかどうかによって、知らず知らずのうちに情報に優劣をつけてしまいますよね。すると、本当に重要な情報がなんであるかをどうしても見失ってしまうと思います。一方で新聞メディアは、マーケティング的な観点や個人の興味ではなく世の中的な情報の重要度に準じて記事のレイアウトが組まれている。今知るべき情報を視覚的に掴むことができるのは大きな強みだと思います」
細かく読もうとするのではなく、「世界を眺める感覚で、まずは大見出しや図などを一通りさらってみてほしい」と竹村さん。その際にもう一つ注目したいのが、何が載っていて、何が載っていないのか、だ。
「SNS上で持ちきりになっているような、どこかの企業のお家騒動や誰かの不祥事も、ごく小さいスペースに載っていたり、あるいはそもそも載っていなかったりもする。SNSを見続けていると、どこか世界のすべてを理解した気になってしまいがちですが、どんどん自分の手の届く範囲内の情報に閉じていって、タコツボ化していってしまうケースも少なくないのではないでしょうか。新聞を通じてこそ、実際の世界のスケール感を把握できると思います」
また、紙面ビューアーで記事を眺めていると当然、自分にとって興味の範疇の外にある情報も自然と目に入ってくる。これも新聞メディアならではの特徴。インターネットの検索エンジンやSNSなど、パーソナライズ機能を持つ媒体が主流となった今、全員が一様に同じ情報を受け取ることのできるメディアは稀有だ。
「新聞には、政治や経済、社会などのジャンルはもちろん、鉄鋼業から漁業、農業、小売まで、業界を飛び越えて多彩な情報が載っています。国の防衛費が増額されたこと、マーケットで鉄鉱石が値下がったこと、インドネシアのスタートアップ企業の動き……、実に幅広い情報の中には、あまりピンとこないと感じるものも多いかもしれません。
確かにすべてが今すぐ役立つ情報ではないかもしれませんが、大事なのはなんとなくでもいいから頭の片隅に置いておくこと。これらを日々少しずつ蓄積していくことで、今どんな業界が盛り上がっていて、どんな業界が衰退しつつあるのか、次第に世界全体の流れが見えてくるんです。
そういう下地があると、ふと仕事相手と話した時に共通の会話ができたり、新たな仕事のアイデアにつながったりもする。いずれ自分を助けてくれる情報になるのではないでしょうか」
とはいえ新聞と聞くと、どことなく堅苦しいイメージに辟易してしまう人も少なくないだろう。しかし「実は、私たちの実際の暮らしと地続きな情報が満載なんです」と竹村さんは話す。
「新聞、特に日本経済新聞って、少し前だと、一部のエリートが+αの知識を身につけるために読むような、ある種“お勉強”的なメディアという印象も強かったと思います。ですがある日の紙面を眺めてみると、サントリー、ユニクロなど身近な企業の名前が散りばめられているし、生活に直結するようなニュースもたくさん載っています。
週に1回掲載される、お菓子や電化製品など身の回りの商品やサービスの値段に着目してビジネスの新潮流に迫る『値札の経済学』というコーナーもその一つ。まずは知っている企業や人、商品にまつわる記事から読むのもオススメです」
親近感のあるトピックを追いかけることで、新聞の情報が“自分ごと”になってイキイキと見えてくる。それによって、自らが身を置く社会への眼差しも少しずつ変化していくかもしれない。
「例えば僕は、身近な企業の記事を拾いながら、特に社会のお金の流れに注目しています。ビジネスやスタートアップ関連の記事や全面広告の動向から、特に業績が好調な企業や業界をなんとなく把握していて。これらは、投資をする上ではもちろん、他にも様々な面で有用です。
例えば転職先を探す時。求人情報サイトに載っている給与等の目先の条件だけを材料にするのではなく、『条件はいいけれど、この業界はかなり雲行きが危なそうだ』とか『この企業はこの前〇〇社と合併したから、面白い仕事ができそう』など、より本質的かつ長期的な目線で検討できるようになると思うんです。
これからの時代は、ただ会社や既存の制度にしがみつくのではなく、資産もキャリアもそれぞれが主体的に形成していくことが求められます。日経電子版を読むことは、自分の足でしっかりと立ち、主体的に判断をしていく上での最低限の武器にもなりうるのではないかと思いますね」
ここまで触れてきた効用はいずれも、新聞メディアを日々読み続けてこそもたらされるもの。習慣化のために竹村さんが薦めるのは、アウトプットを意識することだ。
ただがむしゃらにインプットをしようとしても次第に億劫になって長続きしなかったり、なかなか頭に入らなかったりするものだが、身近なゴールを設定することで楽しみながら質の高い情報収集ができるという。中でも取り組みやすい方法が、新聞記事の“キュレーター”になること。
「僕自身は日頃、気になった記事を、時に簡単な一言のコメントをつけてTwitterでシェアするようにしています。これを目的にすると、膨大な記事を前にしても、自分にとって身になるものがあるかな、みんなに教えたいものはあるかな、と宝探しをしている感覚になってワクワクするんですよね。結果的に、自分の記憶にも残りやすくなるし、『この間、あの記事シェアしてましたよね』と会話のきっかけになることもある。
インプットとは本来、アウトプットのためにあるものです。とはいえ日々のことなので、大掛かりな発信や表現は難しいですが、キュレーションをするだけならば気軽にできる。SNSと組み合わせることで、長続きするかもしれませんよ」
新聞メディアとは、“体験”するものである
「新聞メディアに触れる上で大事なのは、隅から隅まで読んで情報をつぶさに摂取することではなく、読むことを通して何を考えるかだと思います。世の中の全体像を眺めながら自分なりに思考をめぐらし、なんとなくでも世界が分かったような気になれる。こうした“体験”にこそ、最大の価値があるのではないでしょうか」と竹村さん。
そして、様々な情報が氾濫し、確かな指針を見失いがちな今の時代において、一人一人が冷静な判断を下す助けになってくれるのもまた新聞メディアだ。
「SNSで流れてくるものには、強烈な喜怒哀楽が乗っていますよね。怒っている人や悲しんでいる人の声、ショッキングなニュースなど、感情的なものこそが受け取る側の心を揺さぶるし、だからこそバズるものになります。
でもそれら接し続けていると、時に心が乱されて冷静な判断ができなくなってしまうこともありますよね。一方で限りなくファクトに近く、主観が乗っていない新聞メディアは、メンタルをニュートラルに保つ上でもちょうどいい。SNSが席巻する今だからこそ、かえって新聞の価値が際立つようにも思いますね」