みんなが考える「お金」のコトバ
愛、悲しみ、喜び、家族、友達、幸福……。名言と呼ばれる、偉人や著名人たちによる心に刺さる言葉は、多くのテーマに分けられる。だが、お目にかかることが少ないのが「お金」にまつわる言葉だ。
夢を追うにも、日々生活がある。お金は生活の糧であり、趣味に使ったり、夢を叶えたり、理想的な人生を送るための手段にもなるものだ。お金について、何も考えたことがないという人は、ほとんどいないはず。お金に対するその人の哲学を知ることは、その人が仕事にどう向き合っているのか、または、人生の幸福をどこに置いているのかを知ることでもある。それでいて、真正面から語りにくいのが「お金」なのだろう。
さまざまなジャンルで名を成し遂げた人たちは、お金について、どう考えていたのだろうか。あまりジャンルとしてまとめられることがない、お金にまつわるコトバをまとめた。
福沢諭吉(教育者)
慶應義塾の創設者である福沢諭吉が学校の演説で話した言葉。いくら夢があっても、先立つものがなければ、一人の足で立つことはできない。福沢自身も、いざというときに困窮しないように、按摩の学習をしていた。
尾崎紅葉(小説家)
作家の尾崎紅葉は『金色夜叉』で、拝金主義に対する痛烈な風刺を行った。作中の人物に「人などを信じるよりは金銭を信じたほうが間違いがない」と言わせ、この言葉を続けた。拝金主義の裏にある人間不信を巧みに表現。
松本清(マツモトキヨシ創業者)
「金持ちなのにケチ」というよくある批判は的外れで、「ケチだから金持ちになった」というのが、正しいのかもしれない。顧客のニーズに応えて、薬局のイメージに革新をもたらした松本清の言葉。
落合博満(元プロ野球選手・監督)
落合博満は、28歳と史上最年少で初の三冠王に輝くと、三冠王を3度も達成するという日本プロ野球史上、ただ1人の快挙を成し遂げた。それでも、野球選手の評価はあくまでも年俸であるという持論を持っていた。
堀江貴文(実業家)
「僕は20代の早い段階で、お金から自由になることができた」の後、その理由については「仕事に対する意識が変わり、働き方が変わったから、お金から自由になれたのだ」。儲けるために働かないこと。
岡本太郎(芸術家)
「芸術は爆発だ」で知られる画家の岡本太郎。「金と名誉を捨てたら人間の“生命”がのこるんだ。つまり、人間のほんとうの存在だけが生きる」のあとこの言葉を続けた。絵を描けば、人間の原点に戻るとも。
鈴木修(スズキ元会長兼CEO)
自動車メーカーのない国に行けば1位になれる。発想の転換で、スズキはアジア各国でシェアを拡大。現場主義を貫いた鈴木修は、コストカットを徹底。1円を笑うものは、1円に泣く。
フレディ・マーキュリー(ミュージシャン)
〈クイーン〉のボーカルを務めたフレディ・マーキュリーは、ステージさながらの豪快さを私生活でも発揮。誕生日にはスイートルームを5日間借り切り、約8,000万円を浪費したが、彼なりの美学のもと行われていた。
オスカー・ワイルド(詩人)
年を重ねてから、若いときの勘違いに気づき赤面することがあるが、年をとることでさらに実感することもある。ワイルドなりのジョークの意味合いも強い言葉だが、お金のことになると、笑えない。
大谷米太郎(ホテルニューオータニ創業者)
1964年の東京オリンピックを2年後に控え、大谷米太郎は、受け入れ施設としてホテルニューオータニの建設に着手した。元手が事業のスケールの大きさを決める。「鉄鋼王」によるお金の哲学。
立川談志(落語家)
落語界の革命児、立川談志。独自に立川流を立ち上げ、上納金制度を採用したのは、この言葉にもあるように「金を取っていない者は、信用できない」という考えに基づくものだった。あふれるプロ魂。
北野武(映画監督、お笑いタレント)
「うちは貧乏だったけれど、母親は商店街で投げ売りをしているような店には、絶対に並ばなかった。どんなに遠い店でも、1円のお客を大切に扱う店に通っていた」と振り返り、この言葉を続けた。本当の「豊かさ」とは?
スティーヴ・ジョブズ(アップル創業者)
この言葉通り、ジョブズは約110億円以上をかけて、豪華客船「ビーナス」の建造をオーダー。自分が思うままにデザインした夢の空間だったが、完成の姿を見ることなく、この世を去った。