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思想ではなく直感。超自然的な力に取り憑かれた芸術家、横尾忠則さんに聞いた滝のこと

滝のインスタレーション制作や滝を描き続ける芸術家・横尾忠則さんにとって、滝の存在とは?

photo: Mai Kise / text: Takuro Watanabe

「瀧狂」を体感した時の衝撃

滝をモチーフにした作品を制作する世界的なアーティストといえば横尾忠則さんをおいて他にいないだろう。横尾さんのインスタレーション「瀧狂」は、1万枚を超える数の滝のポストカードで天井や壁を全て覆い、異空間をつくりあげるものだ。空間に足を踏み入れると頭の中で滝の轟音が鳴り響き、滝にのみ込まれてしまうような感覚になる。

滝のポストカードを用いた強烈なインスタレーションだけではなく、横尾さんの作品には数多くの滝が登場する。「滝を描くことによって自分自身も浄化されていくような」横尾さんは以前にある対談でこんなことを話していた。滝の持つ力についてを知るためには横尾さんに話を聞くしかないと思い、成城学園前のアトリエを訪ねた。

Twelve Kegon Falls(1991年・東京都現代美術館蔵)
Twelve Kegon Falls(1992年・東京都現代美術館蔵)

「ある時、滝の夢を続けて見たんです」

「僕は1970年代からずっと夢日記っていうものを書いているんです。あれはいつだったかな、滝が夢に出てきたんですよね。自分自身が滝を見学している夢なんですよ。観光地で滝を眺めている。それを連続して3日か4日続けて見たんですけど、どうしてこんなに滝の夢を見るのかなと思って不思議でした。

それ以前に、特に滝に関心を持ったことはないんです。日本人は一般的に滝が好きだと思うんですけど、僕もその程度で滝に興味はありましたが特別な存在ではありませんでした。でも、夢の中にこうも連続して滝が現れると気になってしょうがないですよね。目が覚めても高揚感みたいなのがあるし、夢によって洗脳されていく感じがしたんですよ」

横尾忠則
現在も精力的に制作を続ける横尾忠則さん。アトリエにて。

横尾さんと滝との出会いは夢の中だった。毎晩のように滝が夢に現れ、滝が頭から離れることがなかったという。

「これは困ったなと思って。じゃあ、滝に行ってみようと考えて国内のありとあらゆる有名な滝を訪ねました。でも、滝を見るよりもポストカードを買うのが目的になっちゃったんです。僕は写生ではなく、ポストカードを見て絵を描くんですよ。子どもの頃から郵便屋さんになりたくて、郵便に関係するものはなんでも好きなんです。

最初は100枚ぐらいあればいいかなと思っていたんですけど、なかなか絵にしたいような滝が見つからないんですよ。そうこうしているうちにアメリカ東海岸のメイン州に行く機会がありました。アップル社に招かれたカンファレンス会場の横がたまたま滝で、近くにアンティークショップがあったんです。店を覗いたら滝のポストカードがたくさんあったので全部買いました。100枚くらいかな。それで、店のおばあちゃんにアメリカ中の滝のポストカードを集めてもらえますか?ってお願いしてみたんです」

アンティークショップの主人は横尾さんの依頼を受けた後に、アメリカ各地のアンティークショップに連絡をしていたらしく、1年ほどたったある時、横尾さんがニューヨークのアンティークショップに入ると、店で働く日本人の女の子が横尾さんの顔を見るなり『滝のポストカードでしょう!』と言ってポストカードを渡してきたそうだ。横尾さんが滝のポストカードをコレクションしているという噂は本人の想像を超えて広まっていたようだ。

「そのおばあちゃんが毎月のように滝のポストカードをアトリエに送ってくれるんですよ。200〜300枚あればいいと思っていたんだけど。もう止められなくてね(笑)。お金で言うと毎回20万円分くらい。裏を見ると19世紀の年号が書いてあるのがたくさんあるから、そりゃ高いわと思ってね。

そんなわけで、もう滝から逃れられなくなったんです。そうして滝の絵を描いていると徐々に評価されて、ニューヨーク、スイス、フランスでも滝をテーマにした展覧会の出品要請が来るようになりました。それで僕もいい気になっちゃって、滝ばかりを描いていたっていう感じですね。1980年代から90年代かな」

滝の近くにいるとメディテーション状態になる

滝のポストカードをモチーフにして滝の絵を描き続け始めた横尾さんだったが、大量に集めたポストカードの中でも絵の素材になるようなものは一握りだった。そこで、使われなかったポストカードの供養の意味を込めてインスタレーション作品とするアイデアが浮かんだという。

鑑賞するのではなく、滝を体感することを目的にしたその空間は、天井にも壁にも大量の滝のポストカードが貼られ、足元の床が鏡張りのため視界の全てを滝に囲まれるというものだった。

「供養ですからポストカード一枚一枚を全部黒い額に入れました。展覧会でグッゲンハイム美術館のキュレーターを案内したことがあるんですけど、彼女が僕のインスタレーションを見て涙を流したんです。あ、これやってよかったなと思いましたね」

20年目のピカソ(2001年・東京都現代美術館蔵)
20年目のピカソ(2001年・東京都現代美術館蔵)

滝を素材にはするものの、あくまでもモチーフとなるのは滝が写ったポストカードである横尾さんだが、リアルな滝についてはどう感じているのだろうか。

「滝の近くにいると一種のメディテーション状態になりますよね。滝の飛沫によってあたりの空気がマイナスイオン化すると、脳波が落ち着いてアルファ波が流れてきて瞑想状態になるらしいんです。その状態を何度も繰り返しているうちに自然からのインスピレーションが入りやすくなってきましたね」

滝との出合いによって、大自然と横尾さんとの間に直感が入りやすい回路ができ、滝との出会い以来、直感に従って絵を描くようになったそうだ。

「僕にとっての滝は思想の類いではなく、直感。滝の夢を見せられて、滝のところに行かされて、直感こそが大切だと気付かされた。直感に従って制作するのが重要なんです。認識の範囲が狭くて多くを知らないほうが、知覚の領域が広がるんですよね。宇宙まで繋がっていくんです」

滝に打たれるのは自然と肉体との対話

実際の滝を訪れることは少ないという横尾さんではあるが、大自然の中で滝に触れることで得るものは、横尾さんにとっても大きな意味を持っている。

「今は入りませんが、滝に入るとスコーンと気持ちよくなりますよね。滝に打たれるっていうのは自然と肉体との対話だから、非常に重要なことだと思いますよ。難しい哲学書や宗教書を読むより、そっちの方がよっぽどいいと思います」

消えた橋(1989年・横尾忠則現代美術館蔵)
消えた橋(1989年・横尾忠則現代美術館蔵)

夢の中で滝と出会って以来、滝に取り憑かれ続けてきた横尾さん。夢という無意識下で滝がもたらしてくれたのは直感の力。超自然的な感覚を横尾さんにもたらしてくれた滝には今も惹かれているのだろうか。

「僕はかに座で水が好きなんですよ。そういう星を持っているんです。だからどうしても水に惹かれてしまうんでしょうね」

『導かれて、旅』横尾忠則 著(文春文庫)
『導かれて、旅』横尾忠則著(文春文庫)は、横尾さんが夢に見た滝や、様々な霊的なものに導かれた旅について記された著書。