Watch

Watch

見る

現代アートのモチーフとしての犬。その神秘性が与えるメッセージとは?

現代アートには犬モチーフの作品が多く存在します。その背景には古来世界中で崇拝されてきた歴史や、犬が持つ多面性が潜んでいます。フランスの哲学者マルク・アリザールさんとともにその謎を紐解きます。

初出:BRUTUS No.913「犬がいてよかった。」(2020年4月1日発売)

text & edit: Hiroko Yabuki

アートの歴史を遡ると、犬は古くから頻繁に登場するモチーフだ。だがその理由は、日常生活で身近な存在であるためだけではないと、哲学者のマルク・アリザールさんは分析する。

「犬は優しくて穏やかだけれど、狼を先祖に持ち、獰猛にもなり得るし、もともとは野生動物でありながら人類と共生する道を歩んできたため、自然と文明というファクターがつきまといます。さらに純真でありながら性的には奔放です。我々の先祖は、これらのパラドックスを神秘性として捉え、犬を崇めました。

古代エジプトの神アヌビスやギリシャ神話のケルベロスなどの“冥界の番犬”はその代表例。犬は生と死、男性性と女性性といった相反する要素を媒介するメッセンジャーであり、Misfits(型にはまらない存在)の象徴でもあるんです」

そして現代アートにおいては、犬が内包するこれらの矛盾こそが、作品に強いメッセージ性を与える仕掛けになるのだという。

「そもそも現代アートの黎明期である1920年代頃から、作家たちは鑑賞者と作品、芸術と非芸術などの境界線を排除することに傾注してきました。モチーフとしての犬は、“アンビバレンツ”な媒介者として、作り手の思いを見る人の心にダイレクトに訴える役割を担うのです。

例えば写真家のピーター・フジャーによる野良犬の写真から浮かび上がるのは、男性性と女性性の間に位置する彼のジェンダー性です。ベトナム人の作家ヤン・ヴォーがLootyという作品の媒体に選んだのは、中国原産のペキニーズ犬の写真。

この選択から、西洋美術と東洋美術というジャンルの境界線で漂う自身を重ね合わせた作家の意図を、私たちは汲み取ることができる。現代アーティストは犬という置き手紙を託すことで、私たち鑑賞者とコミュニケーションをとっているのです」