「カンヌ国際映画祭作品賞ノミネート」「アカデミー賞6部門ノミネート」──映画界で権威あるアワードは、受賞しなくともノミネートされただけで作品のうたい文句となり、宣伝効果が高まる。
時計界でそれに当たるのが、GPHG(ジュネーヴ時計グランプリ)である。2001年に創設されたGPHG財団によって管理・運営されるプライズであり、時計製造の芸術を称賛し、促進することに貢献してきた。
24年版では15の部門が定められ、「23年5月以降、24年10月末までに商品化された時計」という条件を満たし、800スイスフラン(約14万円)の参加費を納めれば、各部門に自由にエントリーできる。ただし同じモデルで複数の部門に応募することはできない。財団の発表によれば、今年は過去最多となる146ブランド、計273モデルがエントリーしたという。
応募作はまず、世界各国のジャーナリストやインフルエンサー、研究者、時計師などさまざまな時計関係者で構成された約980名のGPHGアカデミーのメンバーによってオンラインで一次審査が行われ、各部門それぞれ6作品のノミネートが決まる。
ノミネート作は、さらに7000スイスフラン(約120万円)を納めなければならないが、そのすべてがプロモーション活動や、9月下旬から11月下旬にニューヨークや香港など世界5ヵ所で行われる巡回展の運営に充てられる。
そして巡回展が終わると、アカデミーメンバーから選ばれし審査委員長を含む30名がジュネーヴ某所に集い、実機に触れながら2日間審議をし、その年の最優秀賞「エギュイユ・ドール」(金の針)と、およそ20の部門賞が決定する。
エントリー時の部門と受賞部門の数が異なり、また“およそ”と付けたのは、部門賞がかなり流動的だから。例えば22年、〈グランドセイコー〉初の複雑時計「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」は、トゥールビヨン部門でエントリーしたが、勝ち取ったのは2年ぶりに復活した高精度であることを称える「クロノメトリー賞」であった。
このことからわかるように、GPHGは“ジュネーヴ”と冠してはいるが、海外からのエントリーも受け付ける開かれたアワードである。また審査の公正性を明確にするためアカデミーメンバーと審査員は、すべてサイトに公開され、最終審査の投票時には公証人が立ち会う。
こうして決まった金の針賞と各部門賞の発表と授与式は、写真にあるように映画祭さながらに華々しく催される。
まさに時計界の一大イベントであるが、全ブランドの足並みが揃っているわけではない。〈ロレックス〉は一度もエントリーしたことがなく、〈パテック フィリップ〉は02年と03年に金の針賞を射止めたが、07年以降は競争の舞台から降りた。ほかに〈カルティエ〉〈オメガ〉など、いくつものビッグネームが距離を置いている。
それでもなおGPHGの注目度が高く、エントリーが増え続けているのは、プロモーションを積極的に行い、巡回展を催すなど、国際的にリーチできる唯一の時計のアワードだから。特に資金力に乏しい小アトリエ系や新興メゾンにとって、費用対効果は実に大きい。
実際、GPHG受賞をきっかけに世に出たメゾンは数多い。初作でメンズ部門賞を受賞し、これまで計4度の部門賞に輝いてきた〈ローラン・フェリエ〉、歴代最多となる3度の金の針賞を射止めた〈F.P.ジュルヌ〉がその代表である。
また〈グランドセイコー〉は、部門賞を3度取ったことでグローバルブランドとしての地位を確かなものとした。実力はあるが、日本での知名度が低かった〈レイモンド ウェイル〉は、2000スイスフラン(約34万円)以下のモデルを対象としたチャレンジ部門を昨年受賞した「ミレジム」がスマッシュヒット。10年に「ウォッチメーカー宣言」をした〈ブルガリ〉は、その実力を21年に金の針賞を勝ち取ったことで証明してみせた。
今年のノミネート作は、すべてGPHGのサイトで見ることができる。その中には、本誌で紹介する〈大塚ローテック〉と独立時計師の浅岡肇(はじめ)の名が見つけられる。これでおそらく日本のみの展開だった〈大塚ローテック〉は世界中の時計ファンに広く認識され、ますます入手困難になるはずだ。
またすぐに情報が駆け巡る狭い日本の時計業界にあって、まったく無名の前田和夫なる時計師の出現が、関係者をざわつかせている。〈グランドセイコー〉は、メンズ部門で浅岡肇と争うこととなった。
90のノミネートモデルの作り手には日本未上陸のブランドがいくつもある。そして時計輸入代理店のバイヤーたちは、将来ビッグネームになり得るメゾンを見つけ出そうと目を光らせている。
11月13日(スイス時間)に行われる発表と授与式の様子は、GPHGのサイトなどで生中継される。未来に語り継がれる名作時計が選ばれる瞬間を、見逃すな!