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愛する

愛猫のお腹に顔をうずめて、仕事の合間にリフレッシュ。料理研究家・若山曜子×もんちゃん

神経を集中させ、目の前の仕事に没入する。そろそろ休もうかとふと見回すと、そこに猫がいてくれたら。緊張と緩和がもたらす至福の時間。癒やしであり、インスピレーションである猫と一緒の空間で働く「職猫一致」のスタイル。

初出:BRUTUS No.936「猫になりたい」(2021年4月1日発売)

photo: Nao Shimizu / text: Haruka Koishihara

「もんも〜ん!」

お菓子とお料理の研究家・若山曜子さんがもんちゃんを呼ぶときは普段より声色が1オクターブ高くなる。「嫌なところが何もない」と言うほどメロメロだ。

中庭に面した大きな窓から光が差す自宅のキッチン。そこに設(しつら)えられた天板が大理石の作業台は、撮影にも使われる若山さんのワークスペースだが、もんちゃんがここに上がることはほとんどないそう。「前に飼っていた子は生クリームが好きでしたが、もんちゃんは人間の食べ物には興味がなくって、反応するのはカツオ節くらい(笑)。“上っちゃだめ”と注意する必要がないんです」

若山さんの猫好きは、お母さん譲り。実家で割烹を営んでいた時期があったため常に猫と暮らしていたわけではないけれど、中学生のとき、大学生のときと、拾った猫を可愛がってきた。「母は、今では7匹の猫と暮らしているんです」

大学2年生のときに、地元・岡山に帰省した際に近所の神社で拾った思い出深い先代猫が「のび」だ。若山さんがフランスに留学した期間は離れ離れになったが、帰国後は再び一緒に。都合18年間を過ごした。「のびの思い出がありすぎて、もう猫は飼わないつもりでした」

が、のびが旅立った3年後にもんちゃんと出会う。雨の日に姉弟で捨てられていたのを拾われた保護猫だ。もんちゃんは若山さんの元へ。そしてお姉さんのビスコは、料理研究家の友人、坂田阿希子さん宅へ。

料理研究家・若山曜子の愛猫、もんちゃん
実はもんちゃん、お水を飲むのが大好き。「でも深いボウルだと鼻が濡れるのが嫌みたいで、テーブルの上にある水差しや、時には花瓶から手で飲むのがお決まりです」

もんちゃんは、のびと同じキジ白猫。色が濃いめのキジトラ柄と、ふかふかで真っ白な部分のコントラストがはっきり。背中の模様が山形だから、フランス語の「Montagne(山)」から取って、もん。

若山さんが「猫のパーツで一番好きかも」と言う手足はクリームパンのようにふっくら、体を横たえたときの胴体はサバの棒寿司っぽく。そして、楕円形の顔の中央にはシイタケのお煮しめの断面にそっくりな、くっきりつややかな鼻が。もんちゃん、体のあちこちがおいしいものに似ている。

賢くて若山さんによくなついていた、のびとは対象的に、もんちゃんはマイペースを貫く、ちょっと“ツン”な性格だ。お布団に入ってくるのは寒い冬だけ、しかもきっかり10分で去っていく。また、取材や撮影のスタッフがやってくると別の部屋に籠城。だから仕事の邪魔をする心配はないけれど、客人が帰ってからようやく出てきたときの顔つきは明らかに“むっすー”とむくれているそう。気持ちが顔に出る、表情豊かなタイプなのだ。

若山さんをはじめ、猫を愛する料理研究家は多い。その理由を問うと「基本的に家で仕事をする人が多いと思いますが、猫なら静かに共存できるからではないでしょうか。毛が抜けたり臭いがしそうと思われがちだけれど、実はきれい好きだし、お行儀のいい子が多い気がします」。

日本画家・犬丸宣子 イラスト
壁には、日本画家の犬丸宣子さんによるもんちゃんの絵が。お母さんのエプロンを借りて、お菓子作りをお手伝い(猫背で)している。

特にもんちゃんは食べ物に関心を示さないので、キッチンで仕事をしていても、窓辺やソファでうとうと。「カリカリ(ドライフード)が欲しいときだけ脚に顔をすり寄せます」

ただし、もんちゃんにはワイルドな一面も。時々、器用に窓を開けて庭に飛び出すのだ。心配で仕事が手につかない若山さんをよそに「窓の前にひょっこり現れて“元気だからっ!”と顔を見せたら、またダーッと駆けていく……」。帰宅すると自慢の白い毛はどろんこだというから、なかなかの冒険野郎!

仕事のテーマが決まると、若山さんは材料や分量を変えて、試作を繰り返す。よりおいしく、かつわかりやすくとレシピに磨きをかける作業は料理家の日常だが、その時間は孤独。だから行き詰まったら、もんちゃんを起こして遊んでもらう。「“僕は失礼します”って寝室に消えられちゃうときも多いんですけどね」

料理研究家・若山曜子と愛猫のもんちゃん
寝るときも抱っこされるときも仰向けが落ち着くもよう。でも、抱っこは苦手でInstagramには「#腕の中で無」な表情の写真がいっぱい。

スタッフと一緒に打ち合わせをしているときも「集中力が途切れたら、もんの元へ。ふかふかのお腹に顔をうずめて、柔らかい肉球で押し返されたら1分でスッキリ!突然立ち上がって姿を消す私に、今では誰も驚かなくなりました(笑)」。

大好きなお菓子や料理を作りながら、常に愛する猫と過ごせる自宅兼仕事場は、若山さんの理想の空間。だから、呼べば来るとは限らないけれど、つい叫んでしまうのだ。

「Mon Mont(私のもんちゃん)!」

料理研究家・若山曜子と愛猫のもんちゃん