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世界遺産を眼下に、密教二大聖地をヘリ巡礼。京都から高野山へ壮大な一泊旅

聳え立つ峰に囲まれた和歌山の高野山と、京都と滋賀にまたがり、琵琶湖を望む比叡山。1,200年もの時を刻み、いまなお祈りに包まれる信仰の地を、空から巡礼する。

photo: Satoshi Nagare / text: Asuka Ochi

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京都から高野山まで、
贅沢すぎる眺めの30分。

平安の頃、おそらく踏み入ることすら過酷であった山中に、あえて密教の修行の場を開いた2人の僧がいた。真言宗を広めた空海と、天台宗を広めた最澄。

その教えは対極にありながらも、どちらも神仏習合に基づき、日本古来の信仰とも調和している。神聖な土地を守るかのように標高1000m級の山が囲む、空海の高野山金剛峯寺。そして、848mの山の全域に約100の堂宇が点在する、最澄の比叡山延暦寺。ともに奥深い森に築かれた二大聖地を、一度に巡る旅の手がかりが空にあった。

その始まりは、京都市北部のヘリポートから。遠くを飛ぶ迎えのヘリコプターの羽音が大きくなり、風を起こして着陸すると、非日常の扉に自ずと胸が高鳴る。下道で行けば3時間はかかる高野山へも、空を飛べばたったの30分。吉野から厳しい山岳を3日も歩いて辿り着いた空海が聞いたら、どう思っただろうかと、しばし思いを馳せてからヘリに乗り込んだ。

ふわりと飛び立った機体は、二条城に京都御所、生駒山に奈良の古墳群と、世界遺産や国宝の数々も眼下に駆け抜けて、南へと急ぐ。やがて深い森のなかに、真言密教の根本道場のシンボルである大塔が姿を現す。

優雅な文化財周遊もさることながら、上空からでなければ知ることができなかった山地の険しさに驚き、空海がここを祈りの場としたことに心打たれる。ヘリを降り、高野山の東の入口にあたる大門をくぐる。そこは厳かで神々しい空気に満ちていた。

京都市 鷹峯ヘリポート
京都市北西の鷹峯ヘリポートを、乗客3〜5人乗りのヘリコプターで出発。約660m上空を時速190kmほどで飛び、高野山までおよそ30分。見晴らしのいい山の高台で迎えのヘリを待つ時間から、すでに旅は始まっている。

弘法大師空海を訪ねてから、
最澄の比叡山へも。

山真言宗の総本山金剛峯寺。入口の大門から西へ約6km、南北約2km、高さ850mの山上盆地の全域を境内地とする日本有数の霊場である。江戸時代には2000以上、今も117の寺院があり、うち51ヵ寺が宿坊であることからも、古くからどれだけの人がここを目指し、祈りを捧げてきたかがわかるだろう。

着いて真っ先に足を運んだのは、空から眺めた根本大塔のある壇上伽藍だ。2匹の犬と2人の神、唐から投げた三鈷杵に導かれた空海はこの地を踏みしめ信仰の中心地と定めた。空海を導いた土地の守護神に祈りを捧げ、大塔へ。高い塔内で密教の教えを表す立体曼荼羅を見上げ、そのダイナミックな悟りの世界に息を呑んだ。

暗くなる前に宿坊へと向かう。弘法大師空海の御廟がある奥之院に近い〈恵光院〉では、勤行や阿字観瞑想などの修行体験に加え、ここを出発地点とするナイトツアーが人気だ。精進料理の夕食を済ませてから、僧侶の案内で奥之院に赴く。一の橋で合掌礼拝し、樹齢数百年の杉が立つ夜の森へ、いざ。

総長約2kmの参道の両脇には、空海に救いを求めるかのように死者たちが集う。墓と供養塔は、目に見えるものだけでも20万基以上。高野山を焼き討ちしようとした織田信長に、熾烈な戦いを繰り広げた武田信玄と上杉謙信も敵味方の隔てなくここに眠る。

時折、静寂のなかでムササビやフクロウの声がこだまする。幽玄な石畳の道を進むうちに、なぜだろうか、不思議と心が穏やかになるのを感じる。奥之院に伝わる七不思議を聞きながら、弘法大師空海が生きて入り、瞑想しているとされる最も神聖な霊域に踏み入れた。

ここで空海は、世界平和と人々の幸福を願い、いまなお永遠の瞑想を続けているのだ。疫病や戦争、あまたある人類の苦しみや、抱えきれないたくさんの気持ちが安らぐ日を願って、弘法大師空海に祈った。

翌朝、低い鐘の音で目を覚ます。しんと冷えた空気を吸い込み、〈恵光院〉の本堂でお勤めの後、毘沙門堂で護摩祈祷に参座する。密教の儀式は荘厳だ。高く燃え立つ炎と重く響く太鼓の音が祈りを運び、魂を清めていく。高野山にあるいくつもの寺で毎朝、この神聖な浄化の火が上がっている。

そうして祈りで澄み渡った町を歩いて、金剛峯寺の主殿に向かった。総金箔押しの応接間、国内最大級の石庭、江戸から現代に至る襖絵の数々も、高野山がいかに崇高な聖地であるかを物語る。

夜と別の顔を見せる奥之院を歩いてからヘリポートへ。空海と志を同じくした最澄が眠る、比叡山延暦寺を目指す。最澄がたった一人で分け入った未開の霊峰も負けずに山深い。宿る神々に空から手を合わせ、密教を伝えた2人の求道心の何たるかを思う。

そして、聖地を眼下に時代を巡る、短い旅だからこその数分を、かくも壮大な旅であると感ずるのだ。

飲食店SPOT

〈角濱ごまとうふ総本舗〉

精進料理のなかでも貴重な栄養源であるゴマ豆腐を4代継ぐ老舗。高野山の岩清水で、白ゴマと吉野葛から作る豆腐は、添加物を使用せず、合わせる醤油やわさびまで厳選している。こちらは本店近くにできたイートインもできるカフェ。

〈角濱ごまとうふ総本舗〉ゴマ豆腐
〈角濱ごまとうふ総本舗〉で、ゴマ豆腐のお土産を。

〈つくも〉

鶏や山菜、季節ごとの釜めしが地元の人からも愛される。おこげがおいしいご飯に、ゴマ豆腐と味噌汁がセットの定食は1,400円~。

〈つくも〉鶏釜めし
炊きたてを待ってでも食べたい〈つくも〉の鶏釜めし。

〈梵恩舎〉

世界を旅した夫婦が営む、ランチやケーキが人気のカフェ。地元出身作家の器や作品も扱う。

〈梵恩舎〉ケーキ

MODEL PLAN

1日目

12:15 京都市内からヘリポートへ。

13:00 京都鷹峯ヘリポート発。

13:30 高野山を空から巡り、ヘリポート着陸。

14:00 〈角濱ごまとうふ総本舗 飲食部門〉で昼食。

15:00 壇上伽藍で、根本大塔などを拝観。

16:30 宿坊〈惠光院〉にチェックイン。

17:30 精進料理の夕食。

19:00 奥之院ナイトツアー。

2日目

06:30 起床。

07:00 本堂で朝のお勤め。

07:30 毘沙門堂で護摩祈祷。

08:00 精進料理の朝食。

09:30 金剛峯寺へ。

11:00 〈つくも〉で釜めしの昼食。

12:30 昼の奥之院を歩く。

14:00 〈梵恩舎〉で一休み。

15:30 大門横ヘリポート発、比叡山を巡礼。

16:00 京都鷹峯ヘリポート着。

地図

京都を出発、ヘリで高野山着後、翌日に空から比叡山を訪れる巡礼ツアー。天候により出発時間や飛行ルートが異なる場合も。

〈恵光院〉の宿泊費、ヘリコプターフライト、奥之院ナイトツアー代金など込みで1人23万円〜。

公式サイト:nippon-junrei.jp

比叡山延暦寺
遠くに琵琶湖を望む、比叡山延暦寺。次の旅では最澄の地を踏むことも叶えられるようにと、鬱蒼と茂る森の上を1周して祈る。

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