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止まっていた時計が動きだす。名監督、ビクトル・エリセが31年ぶりの新作『瞳をとじて』を発表

映画監督、ビクトル・エリセの新作映画『瞳をとじて』が、2024年2月9日より全国順次公開される。寡作な名監督が31年ぶりの長編作品に込めた想いとは。

text: Mikado Koyanagi

自身とどこか重なるミステリアスな物語

ビクトル・エリセが帰ってきた!昨年、何と31年ぶりの新作『瞳をとじて』を撮ったのだ。そして、その新作には、あの『ミツバチのささやき』のアナ・トレントも出ているという。この報を受けて、公開まで首を長くして待ち望んでいたファンも多いのではないか。

エリセは御年83だが、今回の新作含め監督した長編映画の数は、『ミツバチのささやき』『エル・スール』、そして画家アントニオ・ロペスのドキュメンタリー『マルメロの陽光』のわずか4本しかない。そのように、これまで10年に1本のインターバルで、少女の通過儀礼や時の移ろいを美しく端正な映像で繊細に描いた珠玉の傑作を生み続けてきたのだが、それにしても31年は長すぎた。

もちろん、エリセがその間に何もやっていなかったわけではない。いくつかのオムニバス映画で短編を発表したり、アッバス・キアロスタミとのビデオ往復書簡を制作したりはしていた。それでも、エリセには長編映画を撮ってほしいというのが、世界中のファンの望みだっただろう。

それも『エル・スール』以来となる劇映画を。エリセはその期待に、これまでで最も長尺となる2時間49分の映画で見事に応えてみせたのだ。

『瞳をとじて』は、かつて映画監督だったミゲル(マノロ・ソロ)が、22年前に主演の俳優フリオ(ホセ・コロナド)の失踪によって製作の中断を余儀なくされた映画をめぐる物語だ。そのせいもあって、現在ミゲルは映画監督をやめ、マドリードからも離れ、スペイン南部のアルメリア海岸で作家として静かに暮らしている。

そこにテレビ局から、いまだ解決していないフリオの失踪をテーマにした番組の出演依頼を受け、ミゲルの中で一度止まっていた時計が再び動きだすのだが、それはまさに、半ば沈黙の時間を長く過ごしていたエリセ自身とどこか重なって見えてしまう。

そのまま映画は、いったんは消えたフリオの謎を追うミステリー映画然とした展開になるが、途中でミゲルの昔の恋人とのロマンティックな邂逅が挟まってくるなど迂回が多く、スローシネマのように、物語は遅々として進まない。

一方、ミゲルはフリオの娘とも再会するのだが、その娘こそ成長したアナ・トレントで、しかも役名もアナなのだ。ところが、いよいよ番組が放映され、フリオについての確度の高い情報が入ってくると、この映画は俄然テンポアップする。果たして、フリオに何が起こったのか。

『瞳をとじて』
ビクトル・エリセの待望の新作は、かつて友人同士だった元映画監督と失踪した俳優による、未完の映画をめぐるミステリー仕立ての169分の人間ドラマ。俳優の娘役にアナ・トレントが。2月9日、全国順次公開。

過去作との符合を追う

ここまでストーリーを追ってくると、これまでのエリセとはだいぶ趣の異なる作品に感じられるかもしれないが、そんなことはない。

エリセの映画は、『ミツバチのささやき』も『エル・スール』も、片やアナが移動映画館で観た『フランケンシュタイン』が、片やエストレリャ(イシアル・ボジャイン)がそのポスターを見た架空の映画『日陰の花』が、彼女たちの心に深く強烈に刻まれたように、ここでも登場人物たちは、その未完の映画にとらわれて生きている

また、『ミツバチのささやき』の精霊やアナの母親が出す手紙の相手、『エル・スール』のエストレリャの父親の思い人(『日陰の花』の女優)のように、不在の人物や何かをめぐる映画という意味でも、『瞳をとじて』は紛うことなきエリセの映画だ。

『ミツバチのささやき』で、アナが姉から、精霊に会いたいなら目をつぶって「私はアナよ」と言うように教えられる。実は『瞳をとじて』でも、まさにタイトル通り、それもまたアナによって、その行為が再現されるのだが、だからこそこのタイトルは、いかにもエリセらしく感動的なのだ。

そして、『瞳をとじて』は『エル・スール』とも接続する。フリオに似た男は、アルメリアのさらに南の海辺の町で発見されるのだが、『エル・スール』でエストレリャが亡き父親の面影を追って南に旅立ったように、アナもまさに「エル・スール」へと向かうのだ。そして、南の地で何が彼らを待ち受けているのか。その答えは、ぜひ映画館で!

新作と併せて、過去作品の特別上映が決定!

『ミツバチのささやき』

©2005 Video Mercury Films S.A.

エリセの長編デビュー作。内戦が終わった直後のスペインの小さな村を舞台に、『フランケンシュタイン』を観た少女が、村に逃げ込んだ敗残兵を怪物だと思い込む……。少女の空想と歴史を見事に交差させて描いた傑作。

『エル・スール』

©2005 Video Mercury Films S.A.

エリセの長編第2作。フランコ政権下、南から北に移住してきた家族のもとで育った少女が、父の秘密を通して、内戦によって引き裂かれたスペインへと思いを馳せていく……。『ミツバチのささやき』とともに2月2日、全国順次公開。