響洋平、若本衣織ら怪談師が告白する、本当に怖い怪談

text & edit: Katsumi Watanabe

怪異や恐ろしい出来事を語りや文章で伝えていく、ホラーの基本形とも言える怪談。日々取材に明け暮れる怪談師たちが告白する、本当に怖い怪談とは。

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精神的に追い詰めてくる「声」が怖い

「自殺名所の管理人」

著:平山夢明/2000年
『怖い本』収録/有名な断崖絶壁で、自殺防止の高額バイトを請け負った主人公。次々と怪異を体験し、精神が錯乱していく。

自殺名所にある洞窟内の狭い管理室。一人で待機する体験者に話しかけてくる姿なき声。「弱虫」「見せてやろうか」と……。幻聴なのか死者たちの声なのか。「声」から始まる怪異が、体験者の精神を蝕(むしば)んでいく。姿が存在しない「声」だから、声の主を強く想像してしまい、自分自身で恐怖を作り出し、精神を破壊していくさまが怖い。

冒頭とラストで反復される「毎日の事ども」が怖い

「ハリー」

著:R・ティンパリー/1955年
『イギリス怪談集』(編:由良君美)収録/一家心中から生還した、養女・クリスチーヌ。死別したはずの兄・ハリーと話し始める。

反復という表現技法は、怪談・怪奇小説において、単なる独りよがりのカッコつけになりがち。しかし、本作における繰り返しは、読者に否が応でも悟らせる。ハリーが起こした事件は、語り手にとって、過ぎ去った過去ではなく、日々脳内に再生され続ける「体験」なのだと。想像を絶する恐怖を味わっても人生は続く。良くも悪くも。

声が聞こえてくる、逃げ場のないワンルームが怖い

「ユキちゃん」

語り手:稲川淳二/2000年
DVD『稲川淳二 恐怖の屋敷』収録/一人暮らしを始めた女性。窓の外から「ユキちゃん」と、別人を呼ぶ声が。その正体とは……。

体験者自身は「ユキちゃん」でもなければ、「あしたなんにする?」と訊(き)かれる意味もわからない。予兆も理由もなく、不意に現れる。理解不能という状態は、なす術(すべ)がないことよりも恐ろしい。逃げ道を絶たれた体験者が、藁(わら)をも掴(つか)む思いで口にしたお経。精神的な逃げ場までも奪い尽くす、得体の知れない怪異ほど怖いものはない。

夢と現実の境目が曖昧になる日常に潜む「歪み」が怖い

「かおるちゃん」

著:朱雀門出/2014年
短編集『脳釘怪談』収録/誘われて、友人・かおるちゃんの家に遊びに行った主人公。曖昧な夢と、現実の狭間で揺れ動く怪異を体験する。

本作の恐ろしさは、怪異が現実を侵食してくるにとどまらず、夢と現(うつつ)、自他の線引きすらも曖昧にしてしまうところにある。目覚めれば断絶できていたはずの悪夢が、鎖から解き放たれた獣のように自在に闊歩(かっぽ)しだす。日常の歪みから染み出た黒い水が、いつの間にか濁流となって帰り道を呑み込んでいく。次はどこに生じるかわからない亀裂が、怖い。