梨、芦花公園ら作家が告白する、本当に怖い小説

text&edit: Hikari Torisawa

ホラーのほかのジャンルと比べても長い歴史を持つ文学。普遍的な恐怖は国境も時代も超える。恐ろしい世界を生み出す作家たちが、本当に怖い小説を告白。


本記事も掲載されている、BRUTUS「もっと怖いもの見たさ。」は、2024年8月1日発売です。

Share

事態が悪化すると分かっていても調査をやめられないのが怖い

『どこの家にも怖いものはいる』

著:三津田信三/2014年
作家の三津田が懇意の編集者から受け取ったのは家にまつわる奇妙な話。3、4、5と増えていく記録から奇妙な類似性が浮上する。

本作は5つの恐怖譚で構成されており、昨今のホラーの流行作品に触れている読者なら2つ目を読んだあたりで5つ全てに共通項があるタイプの話だと気が付くだろう。だからと言って、この本は飽きたり、途中で読むのを止めることを許さない。操られるかのように読み進めてしまう。一番怖いのは無謀で危険な好奇心だと分からされる一作だ。(芦花公園)

現実に滲み出る地獄が怖い

「ぼっけえ、きょうてえ」

著:岩井志麻子/1999年/『ぼっけえ、きょうてえ』収録
女郎の語りによってその生い立ちと凄惨な事件が明らかに。タイトルの意味は「とても、怖い」。

どこか翳(かげ)ある女の「翳」の部分を覗きたがる男が、地獄の闇にひきずりこまれるお話。地獄はこの世から遠く離れた場所にあるのではなく、私たちが生きる日常と地続きに存在していて、その境界から時折、鬼や亡くなった人たちが訪れるのではないかという気にさせられる。血のぬめりを感じさせる岡山弁も面白い。(マーサ・ナカムラ)

くじを握らされていることに不意に気づくのが怖い

「くじ」

著:シャーリイ・ジャクスン/1948年/『くじ』(訳:深町眞理子)収録
夏の日差しの下に集まる子供たち。やがて村人が広場に揃い、伝統の行事が始まる。

村では、毎年くじ引きの行事が開催される。誰もが知り合いのその村で、わずか2時間ほどのその行事は一見のどかに進行するが……。私たちはその恐ろしい結末に震え上がるだろう。けれど本当に怖いのは、この行事が家父長制を維持し強化するための儀式だということだ。それに気づいた時、私たちもまた同じ社会構造の中で否応なしにくじを引かされていることに気づく。(藤野可織)

圧倒的な現実感が怖い

『忌録 document X』

著:阿澄思惟/2014年
匿名を示唆する筆名の著者が提示する神隠し、呪詛、幽霊屋敷、心霊ビデオの記録と資料からなるモキュメンタリーホラー。Kindle限定。

今や「古典」的位置付けとなりつつありますが、広義のテキストホラーに大きな影響を与えたホラー作品です。何年も前から実在するブログのスクリーンショットや、実際にスキャニングされた痕跡がある民俗資料、果ては数時間単位の定点観測動画に至るまで、「現実感」を超えた凄まじい「現実」を感じさせる構成と演出力は今なお色褪(あ)せません。(梨)

もっと怖いもの見たさ。バナー