清水崇、寺内康太郎ら映像製作者が告白する、本当に怖い映画
text&edit: Emi Fukushima
監督や脚本家、プロデューサーら映像作品の作り手4人が、本当に怖いと感じるホラー作品を告白。特に怖さを感じるポイントを、自らの言葉でしたためた。
本記事も掲載されている、BRUTUS「もっと怖いもの見たさ。」は、2024年8月1日発売です。
当たり前のはずの愛情が失われた世界が怖い
『鬼畜』
監督:野村芳太郎/日/1978年
松本清張原作。印刷業を営む宗吉は愛人との間に3人の隠し子を持っていたが、ある日愛人が子供を押し付けて蒸発する。
小学生の頃にたまたまテレビで観た映画。当時の自分は作中の子供と同世代、寂しくなると「ガッチャマンの歌」を歌うのもリアルで、完全にその視点で観ました。子供たちを憎む大人、居場所のない家、いなくなる弟や妹……すべてが怖い。当たり前と思っていた愛情が失われ、崩れていく日常と心、そのメロディがトラウマになりました。(清水崇)
バケモノたちの形状の定まらなさが怖い
『遊星からの物体X』
監督:ジョン・カーペンター/米/1982年
ある日、南極観測基地に一匹の犬が現れる。その正体は、10万年前に宇宙から飛来した特殊能力を持つ生命体だった。
この映画にはゴアで美しいバケモノたちが、極めて物理的な存在として登場する。それらはある生物への擬態途中であったり、複数の生物の混合体であったりして、不定形で、真の姿を見ることはできない。極めて物理的で、同時に霊的と言えるほど曖昧な存在だ。本質が見えないものは怖いが、その存在は物理的に見せつけられる。(白石晃士)
一般社会とは分断された登場人物たちの愛や正義感が怖い
『籠の中の乙女』
監督:ヨルゴス・ランティモス/ギリシャ/2009年
子供を社会から隔絶させて育てる夫婦。年頃の長男のためにある女性を連れてきたことを機に秩序が乱れる。
作品を鑑賞する醍醐味は“カルチャーショック”だと思う。日常に潜む異文化体験に興味をそそられ、知識を得て、感嘆し感動する。本作は最初から最後まで、その連続だけで構成されている。そうなると話は変わってくる。しかも登場人物全員がつつましく一生懸命に生きている。これが一番怖いこと。なぜなら、誰もが“いつそうなっても”おかしくないからだ。(寺内康太郎)
監督の的確な演出がもたらす映像のリアルさが怖い
『エクソシスト3』
監督:ウィリアム・ピーター・ブラッティ/米/1990年
ある日発見された少年の異様な死体。警部はその状態が15年前の連続殺人事件と酷似していると気づく。
原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティ自身が監督した『エクソシスト3』には、リアルな恐怖が横溢している。当時最先端のVFXを駆使した1作目に比べると地味な印象だが、実際の悪魔憑(つ)き事件を取材した経験がブラッティの演出に生かされている。監督が心底怖いと感じることを的確に演出に生かした作品が、やはり一番怖い。(鶴田法男)