「エイリアンズ」止まりはマジで違う!
宇多丸
キリンジはデビュー時から知ってて、『申し訳ないと』(日本語オンリーのクラブイベント)でDJするときによくかけてました。彼らはクラブ向けのリミックスも積極的に出していたんですよね。スギウラムさんの「クレイジー・サマー」リミックスは超最高。実際にお会いしたのは2008年で、僕がラジオで共演していたしまおまほさんと彼らが仲良しだったから、番組にお招きして歌詞の特集をやったのが最初ですね。
YonYon
私はかなり最近、2019年にSpotifyのプレイリスト経由で知りました。そこから「エイリアンズ」って曲は聴き覚えあるな、ほかの曲も聴いてみよう……みたいな感じでディグったら、ドレイクの「パッションフルーツ」をオマージュした「silver girl」を見つけて。R&Bの最新ヒットを取り入れたりもするんだーって親近感が湧きました。
宇多丸
KIRINJIって今もフォーキーなイメージで認知されてるのかもしれないけど、昔からアンテナを広く張って、常に新しい入口を用意していたのは重要なポイントだと思います。
YonYon
そういえば、高樹さんと最初にやりとりしたのはインスタのDMだったんです。「一緒にやりませんか?」とご本人から連絡が来たときはビックリしました(笑)。
宇多丸
あの人は根っこの感覚がニューウェーブなんだと思う。何かを取り入れるときもフットワークが軽い。
YonYon
うんうん。KIRINJIのアルバムも毎回アップデートされていますよね。『ネオ』以降はエレクトロの要素が少しずつ入ってきて、『cherish』になると、DJでもガンガンかけられそうなダンスチューンも収録されている。
宇多丸
『cherish』を聴いたときは「ついに答えを見つけたか」と思いました。『ネオ』で僕らがコラボした頃は、高樹さんもまだ「トレンドとKIRINJIらしさの擦り合わせに悩むこともある」と言ってたんだよね。やっぱり今聴き返すと、最初の『11』は手探りだったような感じもする。そこから『EXTRA 11』でアルバムを作り直しながらバンドの地盤を固めて、次の『ネオ』で一気に吹っ切れた。
YonYon
あのアルバム、冒頭から「The Great Journey」でドーンっと始まるじゃないですか。「どうやって弾いてるんだろう?」と思うくらいベースが強烈だし、そこにRHYMESTERさんのラップが加わることで、ものすごいグルーヴが生まれていますよね。「ここからどうなるんだろう」ってワクワクしたのを覚えています。
宇多丸
KIRINJIがラッパーを迎えたり、そもそも誰かをフィーチャリングしたのもあの曲が初めてだったから、高樹さんとミーティングしたときも「どういうつもり?」みたいな(笑)。
YonYon
リリックも男性ならではの視点で書かれていて面白かったです。
宇多丸
男女カップルがラブホテルの部屋を探しながら、ミクロな視点とマクロな視点が交錯するというね。あれは高樹さんのアイデアで、最初はもっとひどい下ネタも入ってたんだけど、「いくらなんでもやめましょう」って止めました(笑)。でも今振り返ってみると、あの曲によってKIRINJIは「何でもアリ」になったと思うし、我々としても携われたのは光栄ですよ。
YonYon
ここからどんどん新しい方向に進んでいきましたもんね。
宇多丸
どのアルバムも完成度が高いし、曲の流れも素晴らしいんだよね。『愛をあるだけ、すべて』でいうと、「時間がない」に同世代のおじさん目線で感動した後、「After the Party」に続くくだりが最高。寂しい曲なんだけど、そのなかに美しさや生きる実感がある。小西康陽さんの曲にも通じる味わいというか。クラブ帰りに朝焼けのなかを歩くのと似た感じ。
YonYon
あそこの流れは私も好き。しんみりします。
宇多丸
YonYonさんも言ってたけど、KIRINJIのエレクトロ路線が本格的に始まったのもここから。『ネオ』で花開いた風通しの良さが、『愛をあるだけ、すべて』でネクストレベルに到達して、次の『cherish』で完成すると。作品を重ねるごとに、YonYonさん世代のクリエイターのスタンスに近づいてますよね。(バンドだけど)デスクトップで作れちゃうみたいな。
YonYon
本当ですね。『cherish』では打ち込みのドラムが中心になっている曲もありますし。
宇多丸
その一方で、YonYonさんがお気に入りに挙げていた「雑務」は、80年代のニューウェーブ・バンドがダンスミュージックを演奏しているようでもあるよね。それこそ遡れば、「The Great Journey」で高樹さんが「満室!」と叫んでるのはトーキング・ヘッズっぽいし、兄弟時代もニューウェーブっぽい曲はあったはず。過去の作品と地続きで繋がっている部分もある。
YonYon
完全にクラブミュージックになりきるわけではない、絶妙なさじ加減というか。
宇多丸
そうそう。日本語ポップスの構造から解き放たれつつ、ループミュージックのなかにKIRINJI的な要素をどう落とし込んでいくのか。その試行錯誤の末に辿り着いたのが『cherish』だとすれば、YonYonさんが参加した「killer tune kills me」もやっぱり重要。
YonYon
高樹さんもあの曲で、「次のフェーズに進もう」という意図があったと思います。だからこそ、普通だったら交わらないであろう私に声をかけたんでしょうし。あとはミュージックビデオに、韓国でも人気の唐田えりかさんが出演しているのも大きい気がしますね。韓国にはKIRINJIの熱心なファンがたくさんいますけど、この曲のPVでさらに名前が広まったはず。
宇多丸
なるほど、グローバルに向けて新しい入口を作っていると。そこまで来ると「ちくしょう」って思わなくもない(笑)。それにしても、KIRINJIはどの作品も野心的だし、コンセプトも面白いですね。
YonYon
常に進化しながら、挑戦を重ねてきたんだなって思います。
宇多丸
そういう時期ごとの変化や葛藤も、最近リリースされたベスト盤『KIRINJI 20132020』にはパッケージングされている。その時々に高樹さんが何を考えていたのか、線で辿ってみるとまた発見がありそう。
YonYon
KIRINJIはミックスも相当こだわってるじゃないですか。でも、音のレンジ感とかベースの作り方も作品ごとに変わってきたのが、ベスト盤を聴いてよくわかりました。
宇多丸
そういう楽しみ方もベスト盤の醍醐味だよね。何はともあれ、今こそアルファベットのKIRINJIを振り返るべき時期でしょう。「エイリアンズ」の印象で止まってる人がいたら、「それはマジで違うから」と言っておきたい。キャリアを思えばもっと保守的でもおかしくないのに、これだけ脱皮と前進を繰り返して、問答無用で毎回カッコイイことをやってるのに、その中心にはKIRINJIらしさがハッキリとある。
YonYon
こんなに充実した活動を送ってきたのに、2020年を節目にバンドとしての活動を終了させるというのも大胆ですよね。今みたいな変動の時期に次のフェーズへと向かうのも、絶妙なタイミングだなって。
宇多丸
間違いない。でも、今後はどうなるんだろうね?
YonYon
2021年からは高樹さんを中心とする“変動的で緩やかな繋がりの音楽集団”として活動するそうですよね。また新しいKIRINJIを楽しめるのかと思うと、なんだかワクワクしてきます。
宇多丸
そう言いつつ、いきなり弾き語りとかやりだしたりして(笑)。
YonYon
高樹さんが1人で全部打ち込むかもしれないし。
宇多丸
ラップだってあり得るよね。今時のおじさんは油断できないよ。サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんもものすごいラップアルバムを出してましたけど、ああいうことやられるとコッチは困るんだから(笑)。