EARTH BEFORE:
宇宙遊泳を楽しみたいなら、
上半身に筋力をつけたい
ミッションに備える宇宙飛行士の基礎訓練は1年半にも及び、ISSの仕組みの習得や英語などの語学研修に加え、入念な体力トレーニングが義務づけられている。
「体力トレーニングは、マシンなどを用いた抵抗運動(筋トレ)と有酸素運動の組み合わせ。その狙いは3つあります。第1に無重力の環境下で骨や筋肉が弱くなることを想定し、事前に筋肉量、骨量、骨密度の初期値を上げておくこと。2つ目は気分転換とストレス発散。そして3つ目は船外活動に備えた体力作りです」
船外活動とはいわゆる宇宙遊泳。
「優雅にやっているように見えて、実は大変な重労働。方向転換するだけでもひと苦労で、腕や肩の筋肉を総動員します。抵抗運動と有酸素運動で筋力とスタミナを高めておかないと船外活動はこなせないのです」
基礎訓練後のアドバンス訓練では、不時着を想定した海上や雪上など極限でのサバイバル訓練も行われる。
一方、カラダ作りと表裏一体の食生活は、宇宙飛行士個々の裁量に任されている部分が大きいという。
「年1回のメディカルチェックをパスすれば、比較的自由。アメリカ人の仲間はサプリメントを摂っていますが、私はサプリに頼らず、食事からバランス良く栄養を摂りました」
ただし体重95kgを超えると打ち上げに使われるソユーズロケットに乗せてもらえない。太りすぎに注意。
ON SPACE:
毎日2時間運動する
生活に耐えられますか?
ISS滞在中、宇宙飛行士は分刻みのスケジュールをこなしながら、毎日2時間運動している。
「地上同様、抵抗運動と有酸素運動を各1時間。抵抗運動はAREDというマシン、有酸素はトレッドミルや自転車で行います。AREDのベンチに仰向けになると窓から地球が見える。いまも目を閉じるとその光景が浮かぶほど美しい眺めでした」
地上では通常筋トレは1〜2日おきに行うが、毎日やっても大丈夫?
「宇宙では骨粗鬆症(こつそしょうしょう)患者の10倍の速度で骨が弱くなり、毎日運動しないと骨や筋肉の量が減ります。メカニズムは不明ですが、宇宙では疲労回復が地上より早く、毎日運動してもまったく苦になりませんでした」
食事は規則正しく1日3食。
「宇宙では地上より早く満腹になります。無重力下で液体は球形になりますが、何かに触れると表面張力で広がる。仮説ですが、消化液で濡れた食べ物は胃腸の壁に触れて広がり、満腹感を促すのかもしれません」
宇宙食は肉類、野菜、デザートなど10種ほどのカテゴリーに分類されており、アタッシェケース大の箱に収められる。箱1個が3人の9日間分。同じカテゴリーの箱は、決められた日数が経つまでは開けられない決まりだ。
「昔はもっと自由でしたが、ある時気づいたらデザートの箱しか残らなかったという事件があって。宇宙でも譲り合いの精神は大切です(笑)」
EARTH AFTER:
定期的な有酸素運動で
3〜4Gに耐える心肺を
古川さんはISSで5ヵ月半過ごして地上へ帰還。1日2時間の運動の甲斐があり、心配された筋肉や骨の減少はほぼ防げた。帰還後45日間行われたリハビリの主眼は、バランス能力の回復。
「脳もカラダも無重力仕様になり、重心を保つ感覚を失いました。宇宙では逆さまでも力を抜くとバランスが取れますから。地上に戻ってしばらくはカラダを傾けると転ぶという実感がなく、重心を確かめながら恐る恐る歩いている状態でした」
リハビリではバランスボールなどで重心を保つ感覚の回復に努めた。危険だったのは“自分は浮ける”という感覚が消えなかったこと。
「ISSの地球側にある貨物室にはハッチがなく、奈落のようになっています。初めは躊躇しましたが、数週間で頭から平気で入れるようになった。どこでも浮いていられる感覚は帰還後も残っていたので、ビルの屋上や崖などには近づかないように気をつけました。浮けると思って飛び下りかねなかったので(笑)」
最後に宇宙へ行きたい人に助言を。
「職業宇宙飛行士になるなら筋力と心肺機能を鍛えるべき。宇宙では毎日運動するため、運動嫌いだとストレスでしょうね(笑)。打ち上げ時と帰還時に3〜4Gの力が胸にかかりやや呼吸がしにくいので、観光で行く場合も心肺機能は大事。有酸素運動の習慣は不可欠だと思います」