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私の忘れたくない一行。岡本真帆、上坂あゆ美、伊藤 紺、初谷むいが選ぶ短歌

言葉のプロたちが、生きる力をもらったり、励まされたりしたことのある、忘れたくない大切な一行を選び、思いをしたためる。まずは歌人が選ぶ短歌から。読み手に多彩な情景を想起させる五七五七七の31音。SNSを通じ再び光が当たる豊かな表現世界を味わおう。

edit: Emi Fukushima

岡本真帆

忘れたくない一行

雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって

盛田志保子/作。『木曜日』(書肆侃侃房)収録。

傘を届ける、車で来るなど「雨だから」に込められた期待に対してではなく、その人は「迎えに来て」に全力で応えた。何があったら裸足で来てしまうんだろう。でも会いたい一心で、すべて置き捨てて駆けつけたように思える。迎えに来た人の純度百パーセントの気持ちがまぶしい。結句の「来やがって」もまた、いい。

忘れたくない、自身の一行

本当に正しかったかわからない決断たちよ おいで、雪解け

『あかるい花束』(ナナロク社)収録。

上坂あゆ美

忘れたくない一行

とおくまでいこうねバニラ高収入バニラバーニラこのはるやすみ

篠原仮眠/作。『ナナロク社 第二回 あたらしい歌集選考会の記録』(ナナロク社)収録。

繁華街で「とおくまでいこうねこのはるやすみ」と言われ、その瞬間に大音量のアドトラックが通り抜ける。台詞(せりふ)は平仮名、トラック音はカタカナ漢字のみで構成されているからそれがわかる。あまりにも短歌でしか成し得ない一瞬の切り取り、それが2人の春休みを永遠のものにしている。生きることの美しさを強く感じる。

忘れたくない、自身の一行

吐瀉物にまみれた道を歩いてく おおきなおおきな犬の心で

『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)収録。

伊藤 紺

忘れたくない一行

I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる

橋爪志保/作。『地上絵』(書肆侃侃房)収録。

人が人にしてあげられることの限界と、無限の可能性を同時に提示している歌だと思う。最終的に人は信じたいものを信じるしかない。巨大な“地上絵”は、意味なんてないこの世と重なっている。受け入れること。なんの根拠もない「大丈夫」をあなたが信じられるならば、悔しいけれど人生は「大丈夫」なのだ。

忘れたくない、自身の一行

夏が来る たまに忘れそうになる わたしがすごくやさしいことを

『気がする朝』(ナナロク社)収録。

初谷むい

忘れたくない一行

愛してる だめな誓いを立てるほど美しくなる噴水だから

絹川柊佳/作。『短歌になりたい』(短歌研究社)収録。

「だめな誓い」はしてはいけなかった誓いかもしれないし、そもそも内容が破綻している誓いだったのかもしれません。それでも、「だめな誓いを立てるほど」に「噴水」は「美しくなる」。しぶきを上げる噴水のイメージからは愛そのもののエネルギーを感じます。誓いは立てること、それ自体に意味があるのかも。

忘れたくない、自身の一行

風が強い、でも諦めないフリスビー楽しい 祈りぐせのあった頃

『わたしの嫌いな桃源郷』(書肆侃侃房)収録。