山崎聡子
春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花
盛田志保子/作。『木曜日』(書肆侃侃房)収録。
自分を守ってきた小さな世界と訣別して「ひとりでいく」ことに決める時、その決断を祝福するように花びらが顔に降りかかってくる。孤独と祝祭が同時に襲いかかってくるこの感覚を「知っている」と思った20代の頃から、この歌は私を励まし続けている。言葉にはたしかに力があると感じさせてくれる短歌。
忘れたくない、自身の一行
さようならいつかおしっこした花壇さようなら息継ぎをしないクロール
『手のひらの花火』(短歌研究社)収録。
山田 航
歩道橋の上で西日を受けている 自分yeah 自分yeah 自分yeah 自分yeah
五島諭/作。『緑の祠』(書肆侃侃房)収録。
20代の頃、同世代の歌人の作として知ったこの歌に強い衝撃を受けた。「自分yeah」って。ないだろそんな言葉と思いつつ、頭に焼き付いて離れなかった。「西日」は斜陽に突き進む日本社会の象徴だろう。空々しく自らを鼓舞でもしないとやってられなかった時代の空気感が、過剰なリフレインで演出されている。
忘れたくない、自身の一行
貴意に沿ひかねる結果となりますがわたしはこの世で生きてゆきます
『さよならバグ・チルドレン』(ふらんす堂)収録。
寺井奈緒美
よかったら絶望をしてくださいね きちんとあとを追いますからね
笹井宏之/作。『えーえんとくちから』(ちくま文庫)収録。
絶望を悪いものとしてではなく絶望のまま、まるっと抱きしめてくれるような優しさを感じた歌です。当時、ネガティブ思考を無理やりポジティブに変換することにくたびれていて、言葉を何かを丸め込むために使うのではなく「きちんと」感情を噛み締めるために使いたいと思い、短歌を始めるキッカケになりました。
忘れたくない、自身の一行
カスばっかだけど賑やかだったなと滅亡後に神を泣かせたい
『生活フォーエバー』(ELVIS PRESS)収録。
千種創一
いつかまた出遭ふだらうか痛いほど細部を見てた頃の世界に
魚村晋太郎/作。『花柄』(砂子屋書房)収録。
生きにくいほどの敏感な感性を喪失したと気づいた瞬間(生きることに慣れた、とも言えるかもしれない)を詠う歌。笑わせたり希望を与えたりする明るい歌が、時に眩しく賑やかすぎる一方で、痛みを詠うような暗い歌は、読者の痛みにも寄り添い、添え木のように支えてくれる。僕は、この歌に支えられてきた。
忘れたくない、自身の一行
あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の
『砂丘律』(ちくま文庫)収録。