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私の忘れたくない一行。東 直子、枡野浩一、岡野大嗣、堂園昌彦が選ぶ短歌

言葉のプロたちが、生きる力をもらったり、励まされたりしたことのある、忘れたくない大切な一行を選び、思いをしたためる。まずは歌人が選ぶ短歌から。読み手に多彩な情景を想起させる五七五七七の31音。SNSを通じ再び光が当たる豊かな表現世界を味わおう。

edit: Emi Fukushima

東 直子

早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ

葛原妙子/作。『橙黄』(女人短歌會)収録。

日常的な場面なのに「深くナイフ立つる」と書かれると、なんだか残酷な印象になるが、レモンの爽やかな香りがほとばしり、「をとめ」のみずみずしさと、人生を切り開く心の強さを称えている歌なのだ。きっかけは自分の娘へのエールだが、すべての乙女たちに通じる語りかけになっている。思い出すたびに胸がすっとする。

忘れたくない、自身の一行

感情の置き場所だけは奪われぬ言葉はずっとずっと一緒だ

歌集未収録。

枡野浩一

だめだったプランひとつをいまきみが入れた真水のコップに話す

正岡豊/作。『四月の魚』(書肆侃侃房)収録。

プランはいつも、だめになってばかりだ。きちんと世の中に出た仕事なんて、氷山の一角。水面下には大量の反故がうまっている。コップに水を注いでくれる優しい「きみ」がいても、「きみ」にあれこれ話しても仕方ないことはわかっている。だから虚空に話す。何の味もしない「真水」の入ったコップが受け止めてくれる。孤独のかたまりのような光景は、けれども、透き通っている。

忘れたくない、自身の一行

私には才能がある気がします それは勇気のようなものです

『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』(左右社)収録。

岡野大嗣

出口なし それに気づける才能と気づかずにいる才能をくれ

中澤系/作。『中澤系歌集 uta0001.txt』(皓星社)収録。

「出口なし」に抵抗するあらゆる術を求めるような切迫感。一首の中で後ろに置かれる情報は強度を持つ。両方の「才能」を求めつつ、後者をより強く欲しているのだ。この31音に出会うまで、「気づける」が価値で勝ちだと信じていた。けれどそれは「わからせられる」と表裏一体だった、出口を塞ぐ誰かの企図の。

忘れたくない、自身の一行

こんなとき力になってあげたいのに布団のなかで思うしかない

『たやすみなさい』(書肆侃侃房)収録。

堂園昌彦

ひかげ ときみは駆け出すどうか皆どうか長生きをしてください

雪舟えま/作。『たんぽるぽる』(短歌研究社)収録。

旅先でよくこの歌を思い出す。日陰を見つけたあなたが、たっ、と駆け出す。その瞬間が強い日差しとともに心に焼き付き、同時にこの時が永遠ではないと気づく。人は死んでしまう。だからせめて、あなたを含むすべての人に長生きをしてほしいと願う。思い出はとどめられないが、思い出があるからこそ生きていけると思う。

忘れたくない、自身の一行

君を愛して兎が老いたら手に乗せてあまねく蕩尽に微笑んで

『やがて秋茄子へと到る』(港の人)収録。