三角みづ紀
忘れたくない一行
お前のお菓子のような一日がもうそこまで来ているのだ
尾形亀之助「幼年」より。『美しい街』(夏葉社)収録
「幼年」と題された詩の一行は、とても柔らかく、やさしい。お菓子のような一日は子供たちにだけじゃなくて、大人たちにも訪れると信じたい。私たちがまぶしい朝焼けに焦がれるときみたいに、はじめての心地を忘れなければ、きっと。
忘れたくない、「自身」の一行
ぼくたちの腕が櫂になる
「創造のはじまり」より。『週末のアルペジオ』(春陽堂書店)収録
大崎清夏
忘れたくない一行
火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
山尾三省「火を焚きなさい」より。『火を焚きなさい』(野草社)収録。
この一行を唱えるとき、目の前に火が焚(た)かれる。優しい火。地面に小枝も落ちていない、種火も熾(おこ)せない場所に生きていても、言葉は私の火になってくれる。だけどこの言葉の火は、私の人間への憧れを大きく燃え上がらせもする。言葉の世界に生きて満ち足りていた私を、人魚みたいな気分にさせる。
忘れたくない、「自身」の一行
ここからは、あなたが見える。
「ラ・カンパネラ」より。『大崎清夏詩集』(青土社)収録
暁方ミセイ
忘れたくない一行
とても死ぬ きれいね
三角みづ紀「しゃくやくの花」より。『カナシヤル』(思潮社)収録
プロポーズされた主人公は、しゃくやくの花を買う。花は、男が帰ったあとで、「固いつぼみを緩め/夜中には/咲きこぼれ」る。独り言のように、この強烈な一行は繰り返される。現代詩らしい、言葉自体を問う性格を強く持ちながら、同時に命から自ずと溢れ出したような生々しい言葉なのがすごい!
忘れたくない、「自身」の一行
雨の長い夕方、誰かが待っていた気配にあふれる杉だ
「水晶体」より。『魔法の丘』(思潮社)収録
青柳菜摘
忘れたくない一行
①なるべく遠く 自分の体が点のようになったところからの眺めを想像する
小内光『愛かなんかのための初歩的なトレーニング #3』(私家版)収録
詩は行からはみでて、行になる。小内さんのこの行は、すこし大きめの封筒に入った手紙として届きました。言葉が本に収まらない形になって届く。それを行とも呼べるかもしれないと思い、ここに選びました。
忘れたくない、「自身」の一行
生き延びるためにながいながい夜をあたえる
「夜の箱」より。『そだつのをやめる』(thoasa)収録