楳図が漫画界のみならず多くのクリエイターたちに刺激を与えてきたことは言うまでもないが、その影響は若い世代にも及んでいる。
1990年生まれ、楳図作品には10代の頃に出会い、復刻版で愛読したというロックバンド〈OKAMOTO'S〉のボーカル、オカモトショウが展示を訪れた。
「驚いたのはボリューム。80代にしてこれだけの量を描き切るパワフルさに圧倒されました」。そうオカモトショウが語るのは、27年ぶりの新作となった『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』。
101枚の連作絵画とテキストで構成された物語で、工業用ロボットが意識を持ち、自ら進化する姿を描いた『わたしは真悟』の続編に当たる。
「前作で重要なモチーフだった“はしご”や“東京タワー”などが出てくるところにファン心はくすぐられますし、新たな物語としても楳図節が炸裂していてグッときました。細かいですが、登場人物のセリフで“随分”という単語が出てくるんですが、それが“ずい分”と書かれている。その独特なひらがなの取り入れ方に、“これこれ”と(笑)。
あとは、展開の良い意味での突飛さも健在。序章はなくて、一枚扉を開けるといきなり違う世界に飛んでいっちゃうような発想というか。子供の頃の自由で何にでもワクワクするような気持ちを思い出させてくれます」
漫画と音楽、ジャンルは違えど楳図と同じようにもの作りに向き合うオカモトショウ。鑑賞者としてだけでなく、同じ作り手だからこそ見えてくる、楳図の稀有さもあるという。
「僕は、人に何かを届けるためには、“嘘がないこと”が大事だと思っています。見栄を張ったりカッコつけたりすると、途端に出来上がるものがつまらなくなるんです。以前イギリスのロックバンド〈トラヴィス〉のボーカル、フランと対談した時に彼が“自分の中にいる『4歳の自分』が書けた曲が一番良い”と言っていて、すごく共感しました。
大人になると感情や経験が絡み合い、物事を複雑に考えてしまうようになるんだけど、紐が絡み合う前のシンプルな心に立ち返れる瞬間が稀にあって、そういう時に作った曲は刺さるものになるなと。
楳図さんは何歳になっても少年性を鮮度高く持ち続けながら、奇を衒(てら)うわけでなく、ごく自然とアウトプットしている印象。尊敬せずにはいられないですし、並の人ではないなと改めて思います(笑)」
儚いから美しい、
14歳。
楳図の代表作の一つである『14歳』。近未来社会で突如、鶏肉製造工場の培養槽から異形の生物、のちの「チキン・ジョージ」が誕生。天才科学者となり、ある年に生まれた子供が14歳になった段階で人類と地球が滅ぶことを知り、子供たちとともに彼らが生き延びる道を模索する物語だ。
本展でも、楳図を象徴する重要作として、漫画の中から力強いビジュアルと言葉が抜き出された展示コーナーが設けられている。
「結果的に14歳が近づいても、そのまま生き永らえようともがく子供たちの姿に改めて相対して、僕の大先輩でもある甲本ヒロトさんがよく言う“ロックは14歳のためのものだ”という言葉を思い出しました。
10代の子供の頃って、音楽でも映画でも文学でも、何らかの特定の作品に触れて、人生が揺らぐような衝撃を受けることがありますよね。大人になるとそのエネルギーは失われてしまう。後戻りできないからこそ儚く、振り返った時に美しい。『14歳』からもそんな子供の時間の有限性と神聖さを感じました」
一方、無類のSF好きでもあるオカモトショウ。『14歳』の展示を観て、大先輩の言葉のほかにもう一つリンクしたのが、1952年発刊のSF小説の古典、アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』だった。
「進化の過程で、人類がある年齢を境に新人類(若者)と旧人類(大人)に断絶してしまうという筋書き自体は『14歳』に近しい物語で、以降のSFでも似たようなテーマは散見されます。でもそれらの多くの作品で主として描かれるのは、変化に取り残されて困惑する大人側の視点。子供側の視点を描く楳図さんは、やっぱり斬新です」
展示の一角には、生まれた1936年から現在まで、楳図の人生を仔細に表した86年間の年表も。今年32歳になるオカモトショウ、気になったのは同年代の頃の楳図の仕事ぶり。
「僕も大好きな『おろち』を描いたのは33歳で『漂流教室』は36歳、『わたしは真悟』は40代……。ものを作っていると、歴史的偉人や敬愛するアーティストが何歳でどんなものを生み出したのかが気になるんです。
例えば、ニュートンが重力を見つけたのは22歳、ジョン・レノンがビートルズを組んだのは19歳。勝手に焦ることもありますが(笑)、楳図さんの場合、今代表作として知られる作品の多くは、30代以降に描かれたもの。32歳なんてまだこれからだなと。エネルギーをもらえますね」
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