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31文字で感情が“表現”に。歌人・上坂あゆ美さんが語る短歌の手軽さと奥行き

2022年に第1歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を上梓した上坂あゆ美さん。10代の頃に抱えていた家族や学校生活への鬱屈した感情を、冷静かつ痛快に、時にパンチのある言葉を使って紡いだ短歌は大きな話題を呼んだ。そして彼女が歌人の岡本真帆さんとの共著で発表したのが、『歌集副読本「老人ホームで死ぬほどモテたい」と「水上バス浅草行き」を読む』。勢いづく短歌の現役プレーヤー同士が互いの第1歌集を評し合うという前代未聞の作品だ。上坂さんはこう振り返る。

photo: Kaori Oouchi / text: Emi Fukushima

過去を辿り自分と向き合うための、31文字

「短歌っていろんな解釈の余白がある表現です。だからこそ自分が読み方を決めつけていいのか、暴力的行為ではないかという怖さがありました。しかも多くの人に愛されていて、私も大好きな岡本さんの作品ならなおさら。腹を括って筆を執るまでに時間がかかりました」

評することに葛藤があった一方、岡本さんにより自身の作品が評されることによって、新鮮な発見もあった。

「私の作品に“ばあちゃんの骨のつまみ方燃やし方 YouTuberに教えてもらう”という祖母の葬儀に関する歌があるんですが、ここで岡本さんが注目したのは語順です。普通火葬場では、遺体を燃やしてから骨をつまむものだけれど、この歌ではつまんでから燃やすという逆行した言葉の並びになっていると。自分がすべき具体的な行動を理解することを第一歩に、死を自分なりに咀嚼しようともがく姿勢が表れているのではないかと指摘してもらいました。私自身は意図していなかったことですが、なるほどと妙に納得しましたね」

さらに岡本さんが上坂さんの作品全体から匂い立つと指摘したのが“強さ”だ。

「生きてやるぞという強い意志が見えるとも書いてもらって。でも意識的に“強くあろう”と書いているわけではなかったので新鮮でした。私も短歌を読む時、言葉選びや景の切り取り方を通じて、作り手の生きざまをプロファイリングする感覚になるのですが、やっぱり短歌は、その人の性質や温度が無意識のうちに表れるものなんだなと実感しましたね」

『歌集副読本「老人ホームで死ぬほどモテたい」と「水上バス浅草行き」を読む』と『老人ホームで死ぬほどモテたい』(右)
『歌集副読本「老人ホームで死ぬほどモテたい」と「水上バス浅草行き」を読む』(左)
上坂あゆ美と岡本真帆による共著。2022年に刊行された2冊の歌集の副読本として、それぞれの著者がお互いの歌集を評し合った一冊。歌集を出した後をテーマにした、それぞれの新作短歌とエッセイも収録している。ナナロク社/1,320円。

『老人ホームで死ぬほどモテたい』(右)
2022年刊行の上坂あゆ美の歌集。"沼津という街でxの値を求めていた頃会っていればな""風呂の水が凍らなくなり猫が啼き東京行きの切符を買った"など自身の過去をテーマにした短歌を収録。重版が続き現在は5刷。書肆侃侃房/1,870円。

31文字で、感情が“表現”に

幼い頃から漠然と表現することを志向していた上坂さんだが、短歌を作り始めたのは6年ほど前。現在に至るまでにはさまざまな媒体にも手を出した。

「美術大学で、油絵や彫刻、映像などを作ったこともありますが、どれも言いたいことを伝えるまでにコストがかかりすぎると感じました。社会人になって初めて歌集を読んだ時、その面白さに驚いたと同時に、31文字に収めるなら自分にもできそうだし、お金もかからなくて準備もいらない。それで書き始めました」

テーマにしたのは自分が最も興味があったこと。自身にまとわりついてきた過去の“怒り”であり“呪い”だった。

「10代の頃は家族や学校が嫌いで、故郷そのものを恨んでいました。でも20代半ばになって気持ちに余裕が出てくると、なぜ恨んでいたのか純粋に興味が湧いてきたんです。短歌を作ることを通じて、過去をなぞって清算している感覚です」

様々な表現媒体がある中で短歌を携えた上坂さん。彼女のみならず、20代、30代の若い歌人も増えている中、「短歌ってある意味お得なんです」と彼女は話す。

「“失恋した”“仕事だるい”とSNSに書くと、過度に心配されたり、アピールに思われたりしますよね。でも短歌にすると途端に“表現”になるんです。煙たがられるどころかいいねをもらえるので(笑)、一石二鳥だなと。こぼれ落ちる要素もあるけれど、作ることで自分を俯瞰的に捉えられるようにもなる。悩んでいる友達を見るとつい“短歌にしなよ”と勧めてしまいます(笑)」

書き手や登場人物の生きざまに上坂さんが共感した3作

エッセイ『堕落論』
坂口安吾/著

エッセイ『堕落論』
坂口安吾/著
坂口安吾の随筆作。「ひねくれていて友達がいなそうでも文章が面白かったらいいんだ、と10代の頃に希望をもらいました(笑)」。新潮文庫/572円。

漫画『天』
福本伸行/作

漫画『天』 福本伸行/作
福本伸行による麻雀漫画。「麻雀のない人生には自死を選ぶ、アカギの生きざまは人生のお手本です」。新装版全13巻。各858円/竹書房。

映画『ブリグズビー・ベア』

教育ビデオ『ブリグズビー・ベア』だけを観て育ったジェームスは25歳になり、その世界の研究に没頭する日々を送る。「好き、というだけで創作に没頭できる純粋さに憧れています」。監督はデイヴ・マッカリー。U-NEXTで配信中。