過去を辿り自分と向き合うための、31文字
「短歌っていろんな解釈の余白がある表現です。だからこそ自分が読み方を決めつけていいのか、暴力的行為ではないかという怖さがありました。しかも多くの人に愛されていて、私も大好きな岡本さんの作品ならなおさら。腹を括って筆を執るまでに時間がかかりました」
評することに葛藤があった一方、岡本さんにより自身の作品が評されることによって、新鮮な発見もあった。
「私の作品に“ばあちゃんの骨のつまみ方燃やし方 YouTuberに教えてもらう”という祖母の葬儀に関する歌があるんですが、ここで岡本さんが注目したのは語順です。普通火葬場では、遺体を燃やしてから骨をつまむものだけれど、この歌ではつまんでから燃やすという逆行した言葉の並びになっていると。自分がすべき具体的な行動を理解することを第一歩に、死を自分なりに咀嚼しようともがく姿勢が表れているのではないかと指摘してもらいました。私自身は意図していなかったことですが、なるほどと妙に納得しましたね」
さらに岡本さんが上坂さんの作品全体から匂い立つと指摘したのが“強さ”だ。
「生きてやるぞという強い意志が見えるとも書いてもらって。でも意識的に“強くあろう”と書いているわけではなかったので新鮮でした。私も短歌を読む時、言葉選びや景の切り取り方を通じて、作り手の生きざまをプロファイリングする感覚になるのですが、やっぱり短歌は、その人の性質や温度が無意識のうちに表れるものなんだなと実感しましたね」
31文字で、感情が“表現”に
幼い頃から漠然と表現することを志向していた上坂さんだが、短歌を作り始めたのは6年ほど前。現在に至るまでにはさまざまな媒体にも手を出した。
「美術大学で、油絵や彫刻、映像などを作ったこともありますが、どれも言いたいことを伝えるまでにコストがかかりすぎると感じました。社会人になって初めて歌集を読んだ時、その面白さに驚いたと同時に、31文字に収めるなら自分にもできそうだし、お金もかからなくて準備もいらない。それで書き始めました」
テーマにしたのは自分が最も興味があったこと。自身にまとわりついてきた過去の“怒り”であり“呪い”だった。
「10代の頃は家族や学校が嫌いで、故郷そのものを恨んでいました。でも20代半ばになって気持ちに余裕が出てくると、なぜ恨んでいたのか純粋に興味が湧いてきたんです。短歌を作ることを通じて、過去をなぞって清算している感覚です」
様々な表現媒体がある中で短歌を携えた上坂さん。彼女のみならず、20代、30代の若い歌人も増えている中、「短歌ってある意味お得なんです」と彼女は話す。
「“失恋した”“仕事だるい”とSNSに書くと、過度に心配されたり、アピールに思われたりしますよね。でも短歌にすると途端に“表現”になるんです。煙たがられるどころかいいねをもらえるので(笑)、一石二鳥だなと。こぼれ落ちる要素もあるけれど、作ることで自分を俯瞰的に捉えられるようにもなる。悩んでいる友達を見るとつい“短歌にしなよ”と勧めてしまいます(笑)」
書き手や登場人物の生きざまに上坂さんが共感した3作
エッセイ『堕落論』
坂口安吾/著
漫画『天』
福本伸行/作
映画『ブリグズビー・ベア』