Drink

テロワールを紅茶で表現。日本のティーメーカー〈月ヶ瀬健康茶園〉を訪れる

奈良・月ヶ瀬の土壌の味を茶葉に託し、表現するティーメーカーがいる。300年にわたる茶農家の17代目。戦後の一時代を築き、外国産の隆盛とともに衰退した紅茶生産を、無農薬、化学肥料不使用で復活させて16年。全国的な人気を博す優しい味わいの秘密を探るべく、茶園を訪ねた。

初出:BRUTUS No.842『新しいティーカルチャー。』(2017年3月1日発売)

 

photo: Kunihiro Fukumori / text: Mitsuhiko Terashita

全国的な人気を博す、優しい味わいの秘密を探る

〈月ヶ瀬健康茶園〉の紅茶は、どんなテロワールからどのように生まれるのか。奈良県最北東端の深い山間、月ヶ瀬を訪れた。古来「大和茶」の生産地として緑茶栽培を行い、戦後約20年にわたり、紅茶生産が行われていた土地。地形に沿った山に茶樹が縦畝交じりに植栽された、奈良の茶園ならではの風景が広がる。柔らかな土の上を歩きながら、この茶農家の17代目であり、2001年から紅茶栽培を行う主人・岩田文明さんが語る。

「父の代に農薬と化学肥料を完全にやめ、僕の代からは自然の力だけで強い茶樹を育てる農法で栽培しています。生産効率第一で、化学肥料や農薬を使用した一般的な農法の生産量と比べると、単位面積あたりの生産量は半分以下になります。でも僕は10分の1でもいいと思って減らしています。その方が、茶樹に負担をかけませんから」

奈良、京都、三重の県境に近い小・秘境、月ヶ瀬。〈月ヶ瀬健康茶園〉の重要区画「長引・宮山」は近年は耕作放棄されることも多い丘の頂上付近・急斜面。「繊細で複雑な香りがこの畑の特長です」と園主・岩田文明さん。

この茶園、1984年から化学肥料、農薬とは一切無縁。岩田さんが跡を継ぎ、JAS有機認証を得た後には、魚、米、肉などが由来の多彩な有機肥料を試した。が、「それさえも月ヶ瀬のテロワールの固有性と表現を曇らせてしまう」という考えに至る。結果、主要な茶園には、山の落ち葉を茶樹の根元にたっぷりとまき、微生物が分解して土に還るのを待つだけという有機栽培、あるいは肥料すら与えず月ヶ瀬の自然のリズムに任せた自然栽培で育てることに。その土を手ですくうと、素朴な藁のような香りがする。

文明さんが手がけるこの16年間で、集落の高齢生産者が放棄した茶山を引き受けるなどし、茶園は先代の時の2ヘクタールから8ヘクタール、39ヵ所計77区画にまで増えた。栽培品種は「やぶきた」「おくみどり」など緑茶ではお馴染みの品種や、「べにふうき」「べにほまれ」などの紅茶用品種、そして奈良の在来品種「やまとみどり」など、20種以上に及ぶ。紅茶は、いま年間約1・5〜2トンを製造している。

「区画ごとの個性、つまり土壌、傾斜度、斜面の向き、樹齢などによる茶葉の味の違いが明確に把握できるようになってきました。お茶の出来は年ごと、場所ごとに違う。そんな中、どの山の茶をどうブレンドするか、毎年考えるのがまた楽しいんですよ。中でも樹齢100年超えの在来品種の茶山は、うちの自慢です」

岩田さんの茶園には、茶樹の畝の形がデコボコと不均一な場所がある。これは、通常「挿し木」と呼ばれる、同じDNAの均一の形の木を増やす常識に反し、種から育てた樹、つまり1本ごとに微妙にDNAが異なる(=個性が異なる)木を栽培しているからだ。

「種からの木は、発育の速度がばらばらで、世話も収穫の見極めも大変。でも紅茶の味が立体的になり、お茶として、より深くなります」と語る。

そんな岩田さんが育む、生きた甘味ある土の賜物、〈月ヶ瀬健康茶園〉の紅茶。冬が寒い年ほど、茶樹が糖を蓄え、甘くいい香りのお茶ができるという。3度の大雪に見舞われ、記録的な寒さだったこの冬を越えたお茶は、もう、みんなで祝うべきグレート・ヴィンテージが約束されたようなものだ。