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世界に誇る、東京の食と文化の交差点。通いたくなる築地の“粋”なスポット8選

日本橋や銀座からも程近く東京の食文化の中心として、今なお多くの観光客や地元の常連客が訪れる築地。そんな街に残る愛され続ける名店と、新しい風を吹き込む新スポットへ。

photo: Shu Yamamoto / text: Takuro Shii, Sho Kasahara, Anna Abe, Mutsumi Okazaki / edit: Takuro Shii, Anna Abe

古くから東京の台所として賑わい、近隣には歌舞伎座や東劇ビル、築地本願寺などが立ち並ぶ、暮らしの中に伝統と文化が息づく街、築地。BRUTUS編集部からも程近いこのエリアで、編集部員も足繁く通う(本当は秘密にしておきたい)おすすめスポットを紹介。100年以上続く老舗から、新しいアートスポットまで。

本種

気取らない店で、気前の良い寿司を

観光客で賑わう築地市場の中心から少し離れた、静かな路地に佇む一軒。エンジ色の暖簾と提灯が目印の、知る人ぞ知る寿司店〈本種〉は、他とは一線を画す、庶民的な価格と古き良き人情味が今なお残る、歴史の断片のような逸店だ。

もともと埼玉でお店を営んでいた先代の本種博さんが、築地でお店を始めたのは約23年前。その後、息子の健二さんが自身が営んでいた店をやめ、父である博さんのお店を継ぐ形で共に働き始め、現在は親子2代で切り盛りをする。

「親父から教わったのは競艇くらいだね(笑)」と2代目。握り方はお互いの修業先で培ったそれぞれの技術を尊重しているが、青磁の皿に、大ぶりなネタが花びらのように盛られる様子は、先代から受け継ぐ〈本種〉ならではのスタイルだ。2種類のお米をブレンドした硬めのシャリの存在感とそれにも負けない肉厚のネタ、ぜひ寿司を頬張る喜びに満たされてほしい。

フォーシーズン

築地で出合う、まるで草原なスパゲッティ

1982年創業のコーヒー&スパゲッティの店。もともとは喫茶店としてスタートし、築地市場で働く人を中心にパンとコーヒーのモーニングなども提供していた。スパゲッティが評判を呼び、今では、ほとんどの人がスパゲッティを目当てに訪れている。

名物は、たっぷりの大葉と海苔に覆われた、まるで草原のような見た目の「和風スパゲッティ」。ほかにも、築地らしくシーフードをふんだんに使ったナポリタンや、ルウに加え、麺にもカレー粉をまぶしたカレースパゲッティなど、どのメニューもオリジナリティがある。

食のプロが集うこの地で愛され続けてきた味。「築地といえば海鮮」とつい定番を選びがちな人にこそ、一度は堪能してほしい一皿だ。


大野屋精米店

明日も食べたい、お米屋さんのおにぎり

100年以上続く老舗〈大野屋精米店〉が、おにぎり屋を始めたのは1992年。現在の店主、5代目の小境陽子さんの両親がスタートさせて以来、今でも毎朝7時の開店前から常連客が並び、築地の働き手に愛され続けている。

玄米をその場で精米した新鮮な白米を食べられるのは精米店ならでは。ガス釜による炊きたてのご飯で握られるおにぎりは、粒感が際立ちつつも口の中でやわらかくほどける。

海苔は築地に本店を構える〈丸山海苔店〉から仕入れた香り高いものを使用。具材も市場から仕入れた鮭や、こんぶ・ツナマヨネーズなど、選ぶのが楽しくなる20種類以上もの定番が並ぶ。

また、カウンターに設置された無料配布のたくあんも名物。「たくあんがないと、おにぎりは食べられないでしょう」と陽子さんの父が考案したのだそう。そんなサービス精神と温かさに溢れる味に、明日もまた来たくなるはずだ。

喫茶マコ

バトンが受け継がれる、伝説の喫茶店

1961年創業。築地場外で最も古い喫茶店〈喫茶マコ〉は細い路地を入ったビルの2階にある。赤い扉を開けると目を奪われるのは、年季の入ったカウンターや照明、ピンクの電話など創業当時の趣が残った渋い内装。

57年の営業を経て、現在のオーナーの吉田哲也さんに引き継がれたのは2019年。喫茶店では珍しいお雑煮は、初代のマサコママから続く定番メニューだ。「創業当時、場内市場では季節を問わず冷凍庫の中で働いている人がいて。冷えきった体を温めてもらいたい――そんな思いで作りはじめたそうです」とスタッフの中川宗祐さんは語る。

「人前で出汁は取れない。」と、レシピはママだけが知る秘密だったため、当初吉田さんらは蕎⻨屋〈⻑生庵〉の出汁を用いるなど試行錯誤、築地ならではの海鮮雑煮をオリジナルで作っている。新しい風が吹き込まれながら受け継がれる味を、ぜひ堪能してほしい。

SHUTL

松竹〉が開いた、新たなアートスペース

歌舞伎座や新橋演舞場をはじめ、古くから文化が息づく東銀座・築地エリア。その街に本拠地を構える〈松竹〉が2023年に立ち上げたのが、アートスペース〈SHUTL〉だ。オープン時には、黒川紀章が設計した〈中銀カプセルタワービル〉のカプセルを譲り受け、ギャラリーに常設。2025年5月からはカプセルを取り除いた、より自由度の高い空間へとリニューアル。

「『現代美術って、難しい。』とどうしても思われがち。でも僕は『かわいい』とか『欲しい』とか、そんな直感的な感情も立派なアート体験だと思っています」。そう語るのは、ディレクターの黒田純平さん。

彼の軸にあるのは「どんな人でも文化の入口として楽しめる場所づくり」。実際に〈SHUTL〉では、SNS世代が思わずシェアしたくなるようなポップな作品から、じっくり時間をかけて思索を促すコンセプチュアルな展示まで幅広く展開している。東銀座を歩いていて、ふらっと立ち寄ったら思いがけない展示に出会えた。そんなふうに、日常に溶け込むギャラリーを目指す。

チャイム

レトロなステーキハウスで、小さな幸せを噛みしめる

BRUTUS編集部からも程近い〈チャイム〉は、1971年創業のステーキハウス。先代の成田幸雄さんが、鉄板焼ステーキを世界で初めて提供した名店〈鉄板焼ステーキみその〉での修業を経て、開いた店だ。

現在店に立つのは、2代目の博之さん。印象的な真っ赤な内装も、ステーキの味付けも、庶民的な価格も開業当時のまま。「昔から父がそういうスタイルでやっていたので」と先代の意志を守り続けている。

ステーキは、羊やサーロイン、ヒレも人気だが、一番注文が多いのはハラミの「ステーキランチWカット」。店内にステーキソースはなく、味付けは辛子酢醤油一択。辛子は辛さ控えめなので、たっぷりと付けるのがおすすめ。ほんの少しでも、何かいいことがあった日にふと寄りたくなる店だ。

Turret COFFEE

築地から世界へ届ける、とびきりの一杯

「おいしいものって市場に集まるじゃないですか。だからこそ築地からおいしいコーヒーを届けたいと思って、この場所でオープンしようと決めました」とオーナーの川﨑清さんはそう語る。店名の「ターレット」も築地ならではの命名。かつて市場内でよく見かけたターレットトラックが由来となっている。

店内にはジャスティン&ヘイリー・ビーバー夫妻やハリー・スタイルズらのサインもあり、世界的スターがお忍びで訪れるなど、世界各国から観光客が訪れる。

さまざまな国の方が訪れることに対して、川﨑さんは「偶然、縁があっただけ」と話すが、アメリカから来たお客さんとの縁で、ニューヨークとロサンゼルスで10周年を記念したポップアップを開催するなど、築地から世界中にファンを広げている。

熊出屋 山野井商店

プロが信頼する、調理道具店

飲食店が立ち並ぶ市場の中心。ここに70年以上の歴史を誇る老舗料理道具店〈熊出屋 山野井商店〉がある。店内には、鍋やザル、箸、竹製品といった和食に欠かせない道具が所狭しと並び、訪れる者の料理心を刺激する。

「インターネットで買うと、手入れや正しい使い方がわからないでしょう。だからこそ、どうすれば長持ちするかまで丁寧に伝えています。もし万が一壊れてしまったらまたここへ来て。修理をすれば10年、20年と使い続けられますよ」。そう語るのは、4代目を受け継ぐ店主・山野井裕幸さん。

朝4時に開店するのは、今もなお築地に買い物にくるプロの料理人に合わせてとのこと。短い時間で仕入れや仕込みを済ませる料理人にとって、この場所はなくてはならない存在だ。必要があれば、店主自ら道具の配送に出向くこともあると言う。

「築地は助け合いの街ですから」

市場の移転で街の風景は変わったが、古き良きアナログの商習慣は今も変わらず続いている。