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天才・津原泰水、人生を賭して小説を書く

『妖都』『ペニス』『少年トレチア』が復刊された津原泰水さんと、長年の津原ファンである春日武彦先生の対談が実現。(こちらの記事は2020年5月1日発売号に掲載されたものです。津原泰水さん逝去の報を受け、ご冥福をお祈りするとともに、改めて読んでいただきたい記事として掲載します)

photo: Tohru Yuasa / edit&text: Hikari Torisawa

創刊50周年を迎えたハヤカワ文庫。津原泰水の傑作が続々復刊!

春日武彦

復刊祭第1弾『妖都』は津原泰水さん名義でのデビュー作ですよね?

津原泰水

はい。信じがたいことに、当初は少年少女向けのつもりでこれを書いていました。車のボンネットを女性の生首がつつーっと滑っていく場面を書けた時は、有頂天になりましたね。あれは、歌舞伎を意識しているんです。

春日

なるほど!どんな演目ですか?

津原

鶴屋南北『繪本合法衢』です。あの残虐美には心を揺さぶられました。長編2作目の『ペニス』では、書かれている言葉と、読者が受け取る印象や風景が別物になるような小説を書きたかった。

春日

東京論という視点もありました?

津原

はい。この時期は特に20世紀末の東京のスケッチをしておきたいという思いがありました。『妖都』なら渋谷や夢の島、『ペニス』は井の頭公園ですね。

春日

『少年トレチア』の「緋沼サテライト」は多摩ニュータウンでしょうか?

津原

多摩というわけではないんです。ユニットの中からとんでもない人数が出てきてまた収まっていくというような場所で、ユニットの中に核家族がいて、部屋にはテレビがあり、その中にまた世界があるという入れ子構造。そこにいる全員に固有の物語があると気づいたのが、僕の幼児期のビッグバンです。

春日

ちなみに僕が一番好きなのは「幽明志怪」、特に『蘆屋家の崩壊』です。

津原

ありがとうございます。昨年、同人誌用に、猿渡が高校生の頃の話を書いたら面白くなってしまいまして。放ったままの伏線もあるので、そんなところもおいおい書けたらと思っております。

春日

それは楽しみです。津原さんは久生十蘭がお好きだということで、「幽明志怪」シリーズは、実は十蘭の『顎十郎捕物帳』に近いとか?日影丈吉の推理小説なんかの要素も入っているのかしら。

津原

探偵小説が探偵小説らしかった時代の作品は基本にある気がします。あのウィットの感覚や闊達さは魅力的ですね。

春日

「幽明志怪」は、食の場面も多いし、三菱デボネアがどうしたなんて延々と語っていたり、脱線もしますよね。

津原

怪奇もののはずがグルメ旅行ばかり。コントのようなすっとぼけた場面もあります。デボネアはですね、これなんだろうという疑問も読書の楽しみだと思っていて、言葉の響きって世界を背負っているじゃないですか。

マホガニーもアスコットタイも知らないまま本を読んでいて、後にこれだ!とわかった時に少し大人になる。そんな読書体験というか。

春日

いいですね。津原さんの文章は輪郭の鮮明さに感嘆します。しかしくっきり明瞭に、尻に石を入れられるのは……

津原

書いてる方も辛いんですよ。どうしてここまでしないといけないのかな、とも思うけれど、言葉という抽象的なツールでどこまで共通の感覚を喚起できるか、という興味がある。

現世の理不尽さや怨念に向き合って形にすることで、読者が辛い目に遭った時に「これは小説で体験しているから大丈夫。立ち向かえる」と思えるような「怖いお守り」を作っているという気持ちもあります。

小説というのは作家の内面ですし、少しでも動かした人物であれば自分の一部を分け与えていないことはあり得ないので、嫌な目に遭ったり死んだりするのは僕でも辛い。でも仕方がないですね。

春日

『少年トレチア』の不倫の場面なんて、ひっどいこと書くなあ!(笑)と思いながら読みました。小説に違うトーンを交ぜることで奥行きが生まれていくんですよね。設計図を作られたりは?

津原

『少年トレチア』では地図を描きました。視点の持ち主に見えているビジョンや聞こえている音などは具象として頭の中にあって、あの手この手で触媒となる言葉を探していきます。

単語や比喩とは限らず、例えばシャワーを浴びながら「雨を降らせればいいんだ」と思いつく。すると人物の内面に踏み込むことなく複雑な感情を表せたりします。

春日

そういう発見が快感になって、書き続けていらっしゃるとか?

津原

いえいえ、やらずに済むならやりません。とはいえ、物語には何が可能かという興味も尽きない。また思いがけない代物が出てきたが、津原の本だからとりあえず最後まで読んでみよう、と思ってもらえるとしたらすごく幸せです。

津原泰水さんと春日武彦さん

死を描き、生を照射する。言葉が世界を創造する傑作長編

『妖都』

妖都

世紀末の東京で無数の「死者」が生き物を襲う。幻視の手触りがうごめく長編。1997年の単行本、2001年の文庫に続き、装画は金子國義。

『ペニス』

ペニス

50歳の不能の男の前に現れた死にたての少年。池に放るも還ってきてしまった彼を冷凍庫に収め、公園管理所での奇妙な共同生活が始まる。2001年に単行本、04年に文庫化。装画は寺田亨。1,160円。ハヤカワ文庫。

『少年トレチア』

少年トレチア

郊外に造られた一大新興住宅地・緋沼サテライトで起きる事故と事件、無垢の悪意が「トレチア」という存在に収斂していく。2002年刊行の単行本同様、装画は七戸優。05年刊行の文庫の装画は萩尾望都が手がけた。1,200円。ハヤカワ文庫。