「自分や身近な人のことを作品にすることには不安を伴います。本当にどういうリスクがあるのかはよくわからないけど不安を感じます。でも、語りたいという欲望があるんです」と述べるのは写真家の金川晋吾。
彼は東京都写真美術館にて10月17日から始まった展示「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol.21」展に選ばれた5人のうちの1人だ。本展で金川は失踪癖を持った父を捉え続けた『father』シリーズや前述の男性3人女性1人の独特な関係を丁寧に捉えた『明るくていい部屋』シリーズといった作品を展示している。すでに『father』も『明るくていい部屋』も写真集化し、さらには文章主体の本『いなくなっていない父』も出すなど、ユニークな写真を用いた語り手である彼に話を伺った。
金川が写真に興味を持ったのは高校時代。学校の帰り道で本屋に立ち寄って、『H』『スタジオ・ボイス』などのカルチャー誌で写真家の仕事や存在を知ったことや、ヴォルフガング・ティルマンスの写真集に出会ったことが大きいという。しかし美術大学を目指すことなく神戸大学に入学し、就活は広告代理店やテレビ局を受けまくったが結果むなしく。大学を休学し、大阪のIMI(インターメディウム研究所)で写真家の鈴木理策の授業を受けたことで、写真を本格的にやろうと決心する。
「当時はバイトをしながらひんぱんにスナップを撮ってました。被写体はなんでもよくて、むしろ『被写体が何でもいい』ということにこだわりがあったんです。写真の前後の状況がよくわからなくなっちゃう感覚は面白いなと。でも、その方法論は行き詰まったんですね」
そして東京藝術大学大学院美術研究科へ。そこでの大学院生との刺激的な出会いが金川の進路を決定づける。
「彫刻家で評論家の小田原のどかさんやSIDE COREの松下徹さんなど同級生に面白い人たちがたくさんいたので、自分も写真や美術、表現についてもっとちゃんと考えようと思いました」
しかし大学院時代では迷いも生じる。
「自分なりのテーマを見つけようとして、うまくいかなかったんですね。そんな時に父親がいなくなるんです。そして父が戻ってきた際に、写真の被写体として発見したというか。そこで積極的に父親と関わろうと思って、父親を撮り始めたんです。それまで家族は撮るものじゃないと思っていたんですね。自分と関係あるものを避けていたんですけど、逆ですでに関係があって、そこにすごく意味が付随するものを撮ろうと」
父の写真はのちに『father』(青幻舎、2016年)という写真集になる。
「自分の父親であり、中年のおじさんが写っている写真なわけです。しかし息子が父を撮るという感じとどこか違って、何か変なものが写っている。ただ、家にいる父を撮っただけでも見る人の中にいろんなことが生じるわけです。僕自身、最初は説明しようとしていたんですよね。父が弁護士に会いに行くシーンとか状況がわかる写真を撮ろうとしていたんですけど、面白くなかった。それよりペンタックスの6×7で家の中でしっかり構図を決めて撮った写真の方が父の有り様が写ってきたんです」
そこから自分なりの写真の方法論が生まれてきたという。
「意志をどう捉えるかに僕は関心があります。父の写真も『人が何かをするときにまず意志があってやる』という理解ではないから。父がなぜ失踪するのか、それは彼にもよくわからないわけです。写真においても、そのイメージが成立されているときに写真家という存在は実際にそれを創造した存在ではない。そのイメージが生じる上のひとつの要素を写真家がフレーミングして、シャッターを切っただけ。『明るくていい部屋』では自分でシャッターを切っていない写真もあるし。そこに興味がありますね」
その『明るくていい部屋』がもたらす観客の困惑についてこう語る。
「作品を見た人は4人の関係について説明がほしくなると思います。ただ、今回の作品ではこの関係について語りたいけれども、自分以外の人たちの関係について勝手に語っていいのかというジレンマがあります。あとはやっぱり個人的なことを語ること自体への不安ですね。ただ、何を個人的なこととするのかという境界は恣意的なものなので、語ることでそれを揺るがしたいですね」
東京都写真美術館のキュレーター小林麻衣子は、金川の「現代的なしなやかなまなざし」をこう評価する。
「アーティストのプライベートな瞬間や身の回りの事象を写した私写真は、これまでも日本の写真作家が取り組んできた題材です。金川さんの作品も私写真と言えると思いますが、金川さんの写真は、湿度が感じられるような生々しいプライベートの瞬間が撮られた私写真とは異なり、丁寧かつ冷静なまなざしで対象を見つめて、被写体と作家との距離や関係性が淡々と描写されているように感じます。金川さんの作品を見て、社会のなかで当たり前とされている役割や関係性だけではない、個人のありかたに触れることで、気持ちが楽になったり、心地よさを感じる方もいると思います」
写真はよく関係性の産物と言われるが、金川晋吾の作品は、新しくもゆるやかな関係性を提示し、しかも写真の本質を問い直す提案がある。
金川の写真集『長い間』を刊行した出版社「ナナルイ」の鈴木薫は次のように期待する。
「テキストと写真の関係をさらに進めてほしいのと、文章だけでも何か作品、例えば小説のような形でも作品を作ってほしいと思います。写真界、現代美術界、文学界とそれぞれ違う世界があります。それらがなかなか交わることはありません。写真、文学、現代美術、それらを越境していくのが金川さんだと思います」
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10:“FLUTTER ADMINISTRATE“ by Kodai Ikemitsu for Them magazine Dec. 2024
『Them』コート特集の池満広大によるストーリーはロバート・ロンゴ的な動きが効いている。 -
9:公文健太郎『煙と水蒸気』(COO BOOKS)
公文によるコロナ禍の2023年の⼀年間の記録は彼の父の古いカメラを用いた、パーソナルで慈しむような濃密な世界。造本が抜群。 -
8:操上和美写真展「kurigami88」
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7:『IMA』ネルホル特集 Vol.42
千葉市美術館で個展を開催中のアーティストデュオ、ネルホル特集。写真の領域を拡大する彼らの志の高さを再認識。 -
6:“La Saga des défilés” by Mikael Jansson for VOGUE France Oct.2024
仏ヴォーグがファッションの歴史を10年単位で振り返る特集。これまたミカエル・ヤンソンによる見事な構成力。 -
5:『十一人の賊軍』監督:白石和彌
白石版『七人の侍』であり幕末版『ワイルドバンチ』とでも呼べる時代劇らしからぬ壮絶さ。容赦ない描写を讃えたい。 -
4:Mark Borthwick for PURPLE FASHION F/W 2024-25
マーク・ボスウィックによるコム・デ・ギャルソン撮影はまるでアート・パフォーマンスの記録の趣。 -
3:Billie Eilish by Mikael Jansson for VOGUE US Nov. 2024
ファッション的な露出を避けていたビリー・アイリッシュが急激にファッション・メディアに登場。米ヴォーグではミカエル・ヤンソンがエキストラも入れて映画のワンシーンのように撮影。 -
2:Moni Haworth + Lotta Volkova
“0081”(スーパーラボ)
スーパースタイリストのロッタ・ヴォルコヴァと写真家モニ・ハワースのコラボでライキ・ヤマモトを被写体に日本で撮影した写真集はB級ホラー感がクール。 -
1:『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』監督:リドリー・スコット
スコット版『ベン・ハー』続編は前作以上のスケール。セット、衣装、エキストラで圧倒する昨今珍しい物理的豪華さに眼福を得る。