「今回展示した高感度ポラロイドの富士山の写真は時間が経つとどんどん白くなっていくんですよ。10年後にはそのポラロイドに映っている富士山が全く見えなくなる。でも、それをあるコレクターが買いたいと言ってきたんです。写真は一生懸命保存しようとする100年プリントより逆の方が面白いじゃない?」とニヤリと語るのはホンマタカシ。
彼の美術館での約10年ぶりの個展「即興 ホンマタカシ」が10月6日から東京都写真美術館で始まった。
展覧会キュレーターを務めた伊藤貴弘はこの成り立ちを語る。「改修のため当館が休館していた頃からホンマさんの作品の収集を少しずつ始め、これまでにコレクション展などで展示してきました。前回の個展から約10年が経ち、そのあいだに新たなシリーズも複数生まれていることから、そろそろ美術館で個展が開催されてもよいのではと考えました。そのため、ホンマさんの現在の関心を示す意味でも、展示作品は新作を含む近作を中心とした構成となっています」
個展は建築写真シリーズの「THE NARCISSISTIC CITY」と富士山写真シリーズの「Thirty-Six Views of Mount Fuji」のふたつからなり、両方ともカメラ・オブスクラ(暗い部屋にて小さな穴を通して外の風景が壁に映し出される光学的原理)を利用し、建物の一室をピンホール・カメラに仕立てて撮った写真シリーズ。ホンマはそのコンセプトをこう語る。
「僕が興味あるのは持ち歩けるピンホールカメラを使うより、すでにある部屋全体をカメラにすること。iPhoneでいつでもどこでも撮影できる時代だから、逆に限定されている建築物を使ってイメージをつくりたい。建物はずっと同じ風景を見ているじゃないですか。だからル・コルビュジエの建物を撮るときも、その建物から見える風景を撮っていたんですよ。カメラ・オブスクラを使うとみんなが原点回帰だと思うんだけど、原点回帰という捉え方は陳腐すぎると思う。僕は写真家ではなく、建物自体が都市を眺めてうっとりしているということを撮ってみたい」
さらに今回の撮影方法にはもうひとつの革新がある。
「富士山の写真撮影において、半分は僕が現場にいないままに撮っているんです。アシスタントが現地に行って僕に写メを送って、僕は基本的な指示をしますけど、現場にいるのはアシスタントなんです。かつてロラン・バルトが『写真とはカメラの後ろに写真家が必ずいることが重要だと』と語っていたけれど、今は僕の中ではそれから遠ざかっちゃった」
ホンマは写真からも離れようとしているのだろうか?
「写真家という肩書からも離れたい(笑)。コンセプチュアル・アーティストで写真を使う人でいいのではと。例えば、世界中に指示書を送って、世界中の富士山っぽい風景写真を撮って送ってもらい、それらを自分の名前の下で展覧会やれたらなと。そのやり方のほうが面白い」
ホンマは写真家の主観性だけでなく、署名性にも新たな提案を試みる。
「自分の写真プリントを切って再構築するというワークショップをやったんですね。普通は自分の作品を切るのはありえないだろうと。今度もやります。若手デザイナー7〜8人が勝手に僕のプリントを切って組み替えて展示する予定です。仕上げはデザイナーたちだけど、全体はホンマタカシ展として展示しようと。そのサインシートをホンマタカシなのか共作なのか、どう付けたら面白いかなと」
本展では鏡がぶら下がったスペースと中に入れない部屋という変わった展示がある。
「今回のテーマに合わせて都市の写真が鏡に映る仕掛けで、このオリジナルは太宰府天満宮でやった展示です。太宰府の樹齢500年の林の中に6個の鏡を吊るして、樹木や木の葉が鏡に映るのを望遠鏡で覗く構成だったんです。そこにプリント写真はないけれど、見る行為自体を作品にしようと。今回の展示も真ん中の部屋は奥に『9』の画像がある。でも部屋の中を覗くことはできても入れない。そのように見ることの捉え直しはまだまだやれることがあるんじゃないかな。それらも見ることを考えるという意味では写真的だろうと」
ますますコンセプチュアルになるホンマだが、同時代的な主題には興味を失ったのだろうか?
「そんなことはない。東京オリンピックを題材にした『TOKYO OLYMPIA』(Nieves)は同時代でしかないでしょ。ファッション写真も海外誌を中心に撮っているし。でもファッションも洋服屋のためでなく、ドキュメンタリーとして撮っているから。雑誌カルチャーは元々好きだから、それは一方でやり続けたい」
キュレーターの伊藤もホンマの多様な主題を捉える力を評価する。
「1990年代以降の日本の写真史を振り返ったときに、ドキュメンタリーや建築、ファッションなど、どんな角度から振り返っても、必ずホンマタカシの名前が挙がるといえるのではないでしょうか」
ホンマは自分の独自の立ち位置をこう語る。
「僕はアート写真とファッション写真の両方をものすごくいい状態で続けたい。そういう人は日本にはいないし、両方の写真にとっていい影響を与えるのではと考えるからね」
最近は映像作品にも力を入れるホンマだが、それらには物語性、起承転結を入れないようにしているという。
「写真は断片だからいい。断片の一瞬一瞬に起承転結はなくても意味がある。そこに無理に主張や起承転結を付けるのは嫌なんです」
しかし、断片である写真がまとまって写真美術館で展示されると大きな意味を持って見えてくるもの。
「そうやっては裏切り、そうやっては壊すというのが僕の作業なんじゃないですかね」
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9:Angeina Kendall by Carlijn Jacobs for VOGUE ITALIA September 2023
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ボスウィックによる珍しい米ヴォーグ撮影はぶれないオルタナティヴ感。 -
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大人気モデル・ミカをヴァンダーペールが完璧なライティングと構図でモダンなヌードに。 -
6:森山大道 『写真よさようなら 普及版』(月曜社)
1972年に刊行された森山の名作を装丁を新たにした復刻普及版。今なお見る者に迫る、写真による写真論。 -
5:Mark Borthwick, Maria Cornejo 『BACK TO ZERO』 (DASHWOOD BOOKS)
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4:Jeon Somi by Heejune Kim for POP Magazine Issue 49 2023
K-POPのチョン・ソミの圧倒的な美貌を国際的な韓国人写真家キム・ヘジュンがゴージャスに描く。 -
3:ホンマタカシ 『TOKYO OLYMPIA』(NIEVES)
オリンピックを題材とした『Casa BRUTUS特別編集 TOKYO NEW SCAPES』のスイス・ニーヴス版の強烈なオブジェ感。 -
2:映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』
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ジョン・ウィック最新作はカメラと照明が凝りに凝った映画史に残る美学的アクション大作。 -
1:DUA LIPA by Mert Alas for Vogue France September 2023
大人気シンガー、デュア・リパをマート&マーカスのマートが撮影。これぞ今のヴィーナス歌姫。