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流行写真通信 第6回:中国の超売れっ子ファッション写真家レスリー・チャンの夢とジレンマ

雑誌「COMMERCIAL PHOTO」でシリーズ133回を数えた長期連載が、BRUTUS.jpにお引っ越ししてきました。編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。人気企画「今月の流行写真TOP10」も継続。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

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「上海の公園でモデルを撮影中に目覚めたような瞬間があったんだ。『これこそ中国ならではのイメージだ!』と。そんなユリイカ体験から、自分独自の、そして中国ならではのイメージを創る方法を見つけ出したように思う」。そう語るのは上海在住のファッション写真家レスリー・チャン/Leslie Zhang(※ちなみに香港の亡きスター俳優レスリー・チャンとはスペルは違うが日本語での読みは同じ)。

レスリー・チャンのポートレート。Photo by Yan Yufeng

チャンは『ヴォーグ』の中国版と香港版を中心にアジア各国のファッション誌で精力的な活動を続け、欧米でも英『DAZED&CONFUSED』や米『Harper’s Bazaar』でも活躍し、世界的な注目を集める中国の新世代写真家だ。中国的な美意識を持ちながら、世界の共通言語となるような写真を発信する写真家の誕生と言えるだろう。

今や中国のクリエイティヴ業界において最も影響力のある人物のひとりとなったチャンは写真のアカデミックな教育を受けたわけではない。若いから絵が好きで、大学では映画の脚本を学び、その時に得た知識と経験は彼の写真に強い影響を与えている。映画監督の中でも中国のチャン・イーモウ、香港のウォン・カーウァイに多大に影響されたそう。

そしてチャンは中国の伝統的な絵画のイメージを援用して、脚本家のように考えたファッション・ストーリーを創ろうと意識する。共同作業する『Harper’s Bazaar US』のクリエイティヴ・ディレクターのローラ・ゲニンジャーはチャンのファッション写真をこう語る。「レスリーの物語は並外れていて、あらゆる予想を超えるんです」。

Jiali Zhao for Grazia China 2017 ©Leslie Zhang

チャンは自分の中の矛盾する美意識を語る。「私はオーセンティックなものが好きなんだ。一方で時代性が明確な作品も好き。オーセンティックな感性を持ちながらも、写真には時代の象徴が絶対に必要だと考えるね」。

彼は中国の改革開放政策の中で育った世代だという自覚がある。

「私が思春期を過ごした時代の中国文化はとても開放的で刺激的だった。情報も文化的な作品も爆発的に増えて、政府と国民は考え方もオープンだったんだ。でも私が大人になったら様々な理由でそれはなくなってしまった。しかし、私のインスピレーションの多くはあの時代からきている。だから自分がどういう時代を生きているかを深く理解することは大事。歴史には知識のアーカイヴがあるから。その歴史的な知識をうまく扱えると自分の創るものが時代を超えていけるはずだ」

HE Cong for Wallpaper*China 2022 ©Leslie Zhang

中国の人気モデルのヒー・コンはチャンとの優れたコラボレーター。彼女はチャンの方法論をさらに肯定して語る。「レスリーの美学への深い理解と革新的な視点のおかげで、彼のイメージは間違いなく時代を超えるはずです」

チャンがファッション写真を撮る上で意識しているのは、現在の中国人ならではの視点を織り込むこと。

「私が写真の世界に入った頃は、欧米がファッション写真の中心であり、中国の若い写真家は皆、欧米の写真家に憧れていた。私の場合はスティーヴン・マイゼルが憧れの的だった。しかし、上海の公園の撮影で覚醒して、その時からずっと自分の国の美意識を裏切らないように意図しながら写真を撮り続けてきた。でも、中国の雑誌編集者は西洋コンプレックスを持っている人が多く、欧米のイメージに近づけることが良しとされていたんだ。そこで『ヴォーグ』の中国版や香港版をやる際に、やはり中国的な作品を創りたいと思って、時間をかけて彼らを説得していったんだ」

Liu Wen for Harper's Bazaar 2021 ©Leslie Zhang

国際的な仕事が増えているチャンだが、一番大事にするオーディエンスは誰なのか。

「まず中国の人に見てほしい。もちろん、海外でも見てくれると嬉しい。でも海外で知名度を得るために中国的なギミックを利用したくない。まずは中国人、そしてアジア人に深く理解してもらいたい」

チャンはアジアの中でも特に日本のオーディエンスに期待する。なぜなら彼は日本の写真に強い影響を受けてきたのだから。「中国には長い写真の歴史がない。改革開放の時代からようやく中国の写真の歴史が始まったと言えるが、その時代の日本は、写真文化が爆発している状態だった。広告写真もファッション写真もアート写真も、日本は実に鮮やかな時代だった。だから中国人の写真家として、ヨーロッパとアメリカよりも日本を参照しやすい。だから日本の巨匠の写真から多くを学んだんだ」

Xiao Wen JU 2020 ©Leslie Zhang

チャンが特に影響を受けた写真家として、上田義彦の名前を挙げる。

「上田は広告写真に自分らしさを入れたことに感銘を受けた。なぜなら、ファッション誌のために撮影するのは、雑誌が求めるサービスを提供する行為だから。しかし、上田は広告写真でも自分なりに撮れることを証明した。中国で同じことをするのはとても難しい。でも、私はそれをやってみたい」

チャンはよりパーソナルな表現を極めることで、より国際的な理解を得たいと考えている。

「ファッション写真の本質は自分と合わないかもしれないと思うので、これからはパーソナルなプロジェクトに集中したい。今制作中なのは、中国人のモデルを起用して美術史に残る名作絵画の影響を受けたポートレート集なんだ。世界中の人がこれらの写真を見て、『これぞ現代の中国だ』と明確に理解できる写真集を創りたいと思うね」

Xiao Wen JU 2020 ©Leslie Zhang

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