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流行写真通信 第5回:ベネディクト・ブリンクが見せるパンデミック明けの官能性

雑誌「COMMERCIAL PHOTO」でシリーズ133回を数えた長期連載が、BRUTUS.jpにお引っ越ししてきました。編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。人気企画「今月の流行写真TOP10」も継続。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

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「一番美しいのは不完全さだと思う。自分が完璧だと感じたことがないから」と語るのは写真家のベネディクト・ブリンク。彼女は5月31日にロンドンの写真集出版社ライブラリーマンから初写真集『Look, Touch』を発表したばかり。

その『Look〜』は、彼女の周囲のポートレイトや彼女のセルフ・ヌードを含む実に親密=インティマシーな関係性の中での開放感を感じさせる仕上がり。いわばパンデミック明けの官能性に溢れたタイムリーな一冊だ。

Self Portrait ©Benedict Brink
Self Portrait ©Benedict Brink
ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』(Libraryman)表紙 2023
ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』(Libraryman)表紙 2023
https://www.libraryman.se/benedict-brink-look-touch/

この写真集は「今の時代にどうやって写真家としてあり続けるのか?」という問いへのブリンクの回答であり、パンデミックがもたらした親密さの欠如への彼女の態度表明でもある。

ブリンクにとって、写真はずっと他者との関係をつくる道具だった。彼女のカメラとの出会いは大学時代に始まるという。

「夏休みにカメラを買って、夢中になってしまって、周りにあるものを全て撮ったわ。その時は写真がキャリアに繋がるとは思わなかった。ただ、写真は人と、そして世界と親しくなる方法になったの。オーストラリアの田舎育ちの私はシドニーの大学に入学して、初めて大きい世界を経験し、その圧倒的な経験のせいで何をすればいいのか、どうやって人と繋がるかがよく分からなかったの。でも写真のおかげでいろんな人と関われたわ」

ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』より。© Benedict Brink
ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』より。© Benedict Brink

大学を卒業して、ブリンクはニューヨークへ移り、憧れの女性写真家コリア・ショアのアシスタントとしてファッション写真の世界に入る。

「ショアの撮影に対する考え方や彼女のコミュニケーションの取り方は他の写真家とかなり違う。誰よりも意図的で誰よりもパーソナルのやり方だった」とブリンク。

ショアのモデルとの関係のつくり方はブリンクへ大きな影響を与えた。

「私は人を撮影する際に、その人をもっと知りたいと思い、被写体を本気で好きになるの。もちろんロマンチックな気持ちではないけれど、被写体に対するリスペクトを強く持っている。なぜなら、モデルがポーズをとること、身体や顔を誰かに委ねるということは、とても寛大な行為だと思うから」

ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』より。© Benedict Brink
ベネディクト・ブリンク/Benedict Brink『Look, Touch』より。© Benedict Brink

シェアのもとを独立して、ブリンクはNYのチャイナタウンにあるコインランドリーを借りてグループ写真展を実行する。

「ある日、友人たちとチャイナタウンで食事をしていた時に、近くのコインランドリーに中国のストリート写真がたくさん飾られていたの。それを見て触発されてランドリーの店主と話をし、そこで3回写真展を実行したの。そして友人たちと尊敬するアーティスト、クリエイター全員にメールで案内を送ったら、たくさんの人が見に来てくれたの。その中にはラリー・クラークもいたのよ!」

コインランドリーでの写真展は大成功を収め、その後『Dazed and Confused』『PURPLE MAGAZINE』『RE-EDITION』などのファッション誌の撮影依頼が舞い込むようになる。

「この展示のおかげで新しい写真の可能性が見えたわ。写真は自主的なコミュニティが主導する運動になれるんだと。その時からずっと、コマーシャルの仕事と並行して個人的なプロジェクトをやるようにしているの」

“Tom and Nico” for Purple Magazine 2020 © Benedict Brink

その後コロナのパンデミックが始まり、リアルなコミュニティを築くことの難しさに彼女は直面するが、そのことが逆に彼女に人との繋がりをより考える契機となる。

友人たちとパンデミック下でのiPhone写真による「コロナの時代の孤独の記録」としてオムニバス写真集『Been On My Own For Long Enough』を出版。そして、パンデミックによってぽっかりと空いた時間を使い、個人的なプロジェクトに集中するのだ。

「その頃にライブラリーマンと写真集の話が始まったの。コマーシャルじゃなく、自分のために撮った写真を見ながら自分の中に存在するいくつかのテーマを結びつけて考えてみたの。真剣に自分の作品を振り返る時間が来たと感じたわ」

ブリンクはパンデミックの3年間を「自分を見つめ直すことができた感謝すべき時間」だと捉えている。

「今の写真の世界は、私がこの仕事を始めた時と全然違うものになっている。写真業界もファッション雑誌業界も大きく変わってしまった。でも写真家は常に時代に、新しい状況に適応するしかない。そうでないと、ただ年をとり、シニカルになり、疲れ果ててしまうでしょう。私がコマーシャルの仕事と共に個人的なプロジェクトを取り組むことは、仕事を持続可能にする方法だと思うわ」

ライブラリーマン創業者かつアートディレクターのトニー・セダーテグはブリンクを「彼女の感性と仕事に対する誠実さに共鳴する」と語る。そしてポスト・パンデミックにおける写真家としての一番大事なことは「より自分自身であること」と断言する。

映画製作者でこの写真集にテキストを寄せているケルスティ・ヤン・ヴェルダルはブリンクの写真の魅力を私にこう語ってくれた。

「私は彼女の写真が新しい種類の自由をもたらすのを見てきました。それは私に希望を与えてくれるのです」

ブリンクのファッション写真その2: “Tom and Nico” for Purple Magazine 2020 © Benedict Brink
”Harleth” for Re-Edition Magazine 2016 © Benedict Brink

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